大断層(1)「富める者」襲う恐怖

「バイデノミクス」土俵際の出発

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Nikkei Online, 2020年12月21日 2:00

歴史に残る1年が終わる。新型コロナウイルスの危機は低成長や富の偏在といった矛盾を広げ、世界に埋めがたい深い断層を刻んだ。過去の発想で未来は描けない。非連続の時代に入り、古代ローマで「パクス」と呼ばれた平和と秩序の女神は消えた。しばらく我慢すれば元通りになると、あなたは考えますか――。

「市民が互いに軽蔑すれば、米国は1つの国として生き残れない」。世界が米大統領選に注目した11月、米複合企業コーク・インダストリーズの総帥、チャールズ・コーク氏(85)は著書で、米社会の分断について「我々が台無しにしたのか」と後悔の念をつづった。

保有資産450億ドル(約4兆6千億円)という米有数の富豪は自由経済を徹底して求める「リバタリアン」の代表格だ。保守派を資金面で支え、いわば党派対立をけん引してきた。その成果の1つが4年前のトランプ政権の誕生と共和党による上下両院の独占だった。

勝利したはずなのに、この4年で逆に自由経済は遠のき、保護貿易や政府債務が拡大した。不公正や格差をめぐる暴力も米社会を覆う。今後、特定政党の支持から手を引くというコーク氏。自身の力がもたらした惨状におののく心情が透ける。

米ウォルト・ディズニー共同創業者の孫、アビゲイル・ディズニー氏ら資産家約100人は「私たちに増税を。すぐに大幅に恒久的に」と公言する。コーク氏と表現は異なりながら、「富める者」に通じるのは「このままだといずれ自分たちはしっぺ返しに遭う」という恐怖にも似た不安だ。

不安の震源は「1つの地球に2つの世界がある」という現実にある。スイスのUBSなどによると、保有資産10億ドル以上の2千人余りの超富裕層はこの1年足らずで資産を200兆円増やした。同じ地球に食べ物にも事欠く人がコロナ前から6億9千万人いる。

飢える人々はコロナでさらに1億3千万人増える恐れがある。ノーベル平和賞を受賞した世界食糧計画(WFP)のデイビッド・ビーズリー事務局長は10月、富裕層に寄付を呼びかけた。「1回限りのお願いだ。世界は分岐点にいる」。

米憲法の父、ジェームズ・マディソンは、過剰な富の集中は戦争と同じくらい民主主義に有害だと説いた。経済の二極化は反エリート主義や大衆迎合主義と結びつき、宗教や人種、世代に断層を広げ、政治を不安定にする。アレクシス・ド・トクヴィルが革命当時のフランスを描いたように、大衆は特権階級に「畏怖ではなく憎悪」を抱く。

モノの大量生産で繁栄した20世紀は労働者が中間層に育ち、平等化が進んだ。21世紀にかけてデジタル技術が広がるとモノではなく、データや知識を牛耳る巨大テック企業が「勝者総取り」を競う時代になった。そこをコロナ危機が襲った。

各国の財政拡大と金融緩和が常態化し、あふれた資金が株価を押し上げる。持つ者と持たざる者の差はさらに開く。コロナ禍で欧州の低所得層の比率は4.9~14.5ポイント上がるとの予測もある。経済協力開発機構(OECD)によると、最低所得層の子が中位の所得を得られるまで平均4~5世代の時間がかかる。

「雇用や賃金、資産をめぐる人種間格差を積極的に監視や目標の対象とすべきだ」。次期米大統領に就くジョー・バイデン氏は富裕層への増税など富の再配分の再建を掲げる。大統領選では米連邦準備理事会(FRB)に対し、金融政策を通じて格差是正にどう取り組んだか報告を義務付けることを公約に盛った。

むろん、ばらまくだけでは一過性に終わる。成長と雇用を生み、再配分から再生産へとどうつなげるか。次期米財務長官に指名されたジャネット・イエレン氏は「何もしなければさらなる荒廃を招く」と語る。米国は総力を挙げ、土俵際から踏み出そうとしている。

その成否は米国の将来を決めるだけではない。資本主義と民主主義という、私たちが苦闘の末に手に入れた価値の未来を描き直す第一歩となる。