大断層(2)「巨大ITが秩序」現実に

デジタル化、国家置き去り

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Nikkei Online, 2020年12月21日 2:00

あなたの身の回りの規制は現実に則していますか――。

11月12日、インターネット通販「楽天市場」で、商品の一つである大型テレビの価格が目まぐるしく動いた。

午前9時すぎ、一部の出品者が20万円前後だった価格を3万~4万円引き上げると、1時間以内に全出品の41%が追随した。3日後、今度は約2万円値下げしたところ、同じく41%の商品の価格が引き下がった。

AIがカルテル

ECサイトを調査するバリュース(東京・渋谷)の高木正良氏は「相手の値動きに合わせて自動で価格を変えるソフトウエアの存在が背後にある」と語る。ソフトによる自動値付けは米アマゾンでは出品者の3割超が採用しているとされる。すでに身近な存在だ。

伊ボローニャ大のエミリオ・カルバノ准教授らの実験では、複数の人工知能(AI)に商品の値付けをさせると、バラバラだった価格が最終的に均一の価格となった。AIが他者の動きをにらんで利益を最大化した結果で、消費者には不利益となる価格水準に収まるケースもある。

既存の概念では「価格カルテル」に当てはまりそうな事例だが、カルバノ氏は「人の意思や交渉によらない『AIカルテル』を、現行の競争法で規制することはできない」と指摘する。経済協力開発機構(OECD)もこれまでの報告書で同様の懸念を示している。

デジタル化はこれまでのルールを置き去りにして急速に進んでいる。既存秩序の根拠となっていた法典や規制と、目の前で進む現実との間には埋めがたいほどの距離が開き始めている。

米グーグルの新たな決済アプリ。2021年からシティバンクなどの口座がひも付くが、銀行側には口座維持手数料や最低残高の決定権が制限されているという。グーグルなど「GAFA」合計の時価総額はシティなどグローバルに展開する30金融機関の2倍。強者のルールに弱者が従う構図は金融も例外ではない。

警戒強める政府

トマス・ホッブズが17世紀に「リバイアサン」で提唱して以来、万能な国家が市民の上に立つのが近代の統治モデルの前提だった。21世紀のいま、膨大な個人データとデジタル技術を持つ巨大IT企業は国家をしのぐ影響力を持ち始めている。

米国では当局がグーグルとフェイスブックを反トラスト法(独占禁止法)で提訴している。圧倒的な市場支配力で公正な競争を阻害していると判断し、M&A(合併・買収)で事業領域を拡大したフェイスブックに対しては、事業分割も求めている。

欧州連合(EU)はGAFAなどのプラットフォーマーに対する包括的な規制案作りに着手している。規模が小さいIT企業との公平な競争環境を構築することが目的の一つだという。

ハーバード大の故エマニュエル・ファーリ教授らは、低成長の一因として寡占化の進行を挙げた。ひと握りの企業が「肥大化」すれば富の偏在を助長するだけでなく、イノベーションを阻害し、経済成長を妨げる存在になりかねない。各国政府の危機感は強い。

富やデジタル化の恩恵を人々に平等に分配する仕組みやルールを誰が、どう作るのか。各国の政府や司法機関は前例のない問いに対する答えを探し始めている。