米「裏庭戦争」、世界はより無法に 
ベネズエラ攻撃にほくそ笑む中ロ

<<Return to Main

Nikkei Online, 2026年1月5日 10:00

ベネズエラへの攻撃について記者会見で説明するトランプ米大統領=ロイター

トランプ米大統領は当初、数々の紛争を止め、平和の調停者として歴史に名を残したがっているように見えた。だが、逆の衝動も抑えきれなくなってきたようだ。南米ベネズエラへの軍事介入で、トランプ氏がより過激な方向に傾いていることが鮮明になった。

ベネズエラのマドゥロ大統領は長年、人権や民主主義を抑圧し、数百万人の移民流出を招いてきた。政権が代わること自体は、西側諸国でも評価する声がある。だが、トランプ氏にこの先の明確なシナリオがあるのかは疑わしい。

「敵対勢力」を追い出し、支配を強める狙い

昨年12月、筆者は米国で政権に通じた外交・安保の専門家らに会い、ベネズエラに軍事圧力を強める狙いを聞いた。その時点での話をまとめると、トランプ氏の狙いは主に2段階に分かれる。

第1段階は、米本土を脅かす「敵対勢力」をベネズエラなどから追い出すことだ。

視野にあるのは、マドゥロ政権や犯罪組織だけではない。世界最大の石油埋蔵量を持つベネズエラに、中国が浸透することもトランプ氏は問題視しているという。中国はすでにベネズエラ産原油の最大の買い手だ。

訪中したベネズエラのマドゥロ大統領㊨を歓待する中国の習近平国家主席(2023年9月)=ロイター

第2段階として米政権がもくろむのが、米国と長年敵対してきたキューバの反米政権を劇的に弱めることだ。キューバと連帯し、安い石油を供給するベネズエラのマドゥロ政権を転覆すれば、キューバを孤立させられると踏んでいる。

トランプ政権がキューバに圧力を強める背景にも、中国の影がある。中国がキューバに情報収集施設などを設けているとの情報があり、米国はバイデン前政権当時から懸念を募らせてきた。

トランプ氏は並行してパナマ運河やグリーンランドからも中国の影響力を薄め、西半球への支配を強めたい考えだ。

こうした路線は、昨年12月に米国が発表した国家安全保障戦略でもうたわれており、唐突な話ではない。とはいえ、主権国家のリーダーを武力で捕まえ、その国を米国が暫定運営するとなれば、常識を超えた話だ。

トランプ氏は麻薬対策を根拠にあげる。それは厳しい説明だ。ベネズエラは主要な麻薬生産国ではなく、同国を経由する麻薬の多くは欧州向けが多い、と専門家は分析する。

中国やロシアの強硬な行動を正当化する恐れ

米政権によるベネズエラ介入は世界をより危険にさらし、無法状態に近づける恐れが大きい。理由は少なくとも2つある。

第一に、大国であれば他国に軍事介入してよいという危ない流れがさらに勢いづいてしまう。今回の軍事介入は、武力行使を禁じた国連憲章や国際法に違反しているとの指摘が多い。トランプ氏は第3次世界大戦を防ぐというが、逆の方向に時計の針を進めている。

特に気がかりなのが、中国とロシアの行動におよぼす影響だ。友好国のベネズエラが攻撃されたことに、中ロは反発している。その怒りは本物だろう。もっとも、それが自国にもたらす中期的な戦略上の損得については、プラスが大きいと計算しているに違いない。

国益を守るため、米国が裏庭に軍事介入してもいいなら、自分たちも同じことが許されるはずだ……。中ロはこんな論法を使い、周辺でより強硬な行動に出やすくなったと考えていても不思議ではない。

ウクライナ侵略を正当化する宣伝材料として、ロシアのプーチン大統領が米国の裏庭介入を利用するのは目に見えている。

中国は南シナ海全域の権利を主張し、台湾海峡を事実上、自国の裏庭とみなす。今後、これらの海域で外国の軍艦船が行動するのを阻もうと、実力行使を強める恐れがある。

さらに今回の軍事介入によって、インド太平洋や欧州への米軍の関与が弱まる危険がある。これが第二の懸念だ。

この20年あまり、米国は侵攻したアフガニスタンやイラクに親米国家を築こうとして大失敗した。米国の指導力はほころび、アフガンと中東は今も混乱のさなかにある。

ベネズエラの面積はイラクの約2倍にのぼり、約2800万人の人口を抱える。同国には親マドゥロ派の政府・軍首脳が残り、反米のゲリラ組織もひしめく。

マドゥロ政権を壊すよりも、それに代わる安定政権をベネズエラに樹立する方がはるかに難しい。かつてのイラクのように同国が大混乱となり、米軍が泥沼の介入を強いられる展開は世界にとって最悪だ。

イラク・アフガンでの戦争に忙殺された約20年、米政権は明確な対中戦略を描くことができなかった。この間、中国の軍備増強が速まり、アジアでの米中軍事バランスは中国寄りに逆転した。

こうした経緯を踏まえ、トランプ氏は1期目の就任前の2016年、イラク侵攻は「史上最悪の決断」だったと批判していた。その本人がベネズエラで同じリスクを冒そうとしている。

日本など米同盟国は面的な連携で安定維持を

では、主要国はどう対応すればよいのか。一番大事なのは日本や欧州、韓国、オーストラリアといった米同盟国が連携し、無秩序な世界が広がるのに歯止めをかけることだ。

やるべきことはある。まず、新興・途上国がこぞって米国から離れ、中ロが主導するBRICSや上海協力機構(SCO)などに合流するのを防ぐ。そのためには、通商やハイテク、環境対策などで、グローバルサウスの新興国が恩恵を受けられるような枠組みを、西側諸国が提示していかなければならない。

そしてインド太平洋や欧州の安定がさらに崩れることがないよう、米同盟国と有志国が安全保障上の関係を深めることだ。各国軍が共同演習や訓練を増やし、面的な連携を広げる努力が欠かせない。

国際法に基づく秩序が崩れたら、世界はどうなるのか。第2次世界大戦に向かった1930年代の歴史が教えている。同じ失敗を重ねるわけにはいかない。


<<Return to PageTop