Nikkei Online, 2026年1月6日 10:00

トランプ米大統領が決行した南米ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束作戦は、イランやキューバといった世界の反米国家に衝撃を与えた。いくらロシアや中国から支援を受けても、米国の軍事力を前になすすべもないことが鮮明になったためだ。
予測可能性が低いトランプ氏が、作戦の成功に勢いづいて世界各地に軍事介入するリスクもくすぶる。専制的な指導者が、米国の介入を抑止するために核武装を目指す動きが加速する可能性もある。
「国家主権と領土保全の明白な侵害だ」。イラン外務省は声明で、米国のベネズエラ攻撃を強く非難した。キューバもディアスカネル大統領が「国際法に対する容認できない攻撃だ」と批判した。
ベネズエラとキューバ、イランは長年、反米国家の代表格とみなされてきた。いずれも親米政権を倒した際に米国の資産を接収し、ロシアや中国との関係を深めて生き残りを図った点で共通する。
この3カ国は旧ソ連やロシアの防空システムを導入している。ベネズエラとイランは近年の軍事協力で、長距離から短距離まで迎撃できるロシア製の対空ミサイルシステムを配備してきた。各国は米軍の介入を退ける切り札として期待をかけていた。

ただ、今回の空からの特殊部隊による奇襲にはロシアが誇る地対空ミサイル「S300」などの防空システムが十分に機能せず、マドゥロ氏の拘束を許す結果となった。米軍制服組トップのケイン統合参謀本部議長は事前の情報活動などによる精緻な計画でベネズエラの防空システムを無力化し「奇襲の要素を完全に維持した」と誇った。
実戦経験が豊富なイランの防空指揮能力はベネズエラより高いが、装備の質は大きく変わらない。キューバの防空システムはベネズエラよりさらに旧式の旧ソ連製だ。いずれも今回と同様の攻撃にさらされれば、首脳が生け捕りにされる可能性は否定できない。
ベネズエラは人口約2600万人を擁し、中南米の主要産油国でもある。今回の攻撃では、こうした地域大国ですらトランプ政権下の米国では政権転覆の対象になることも明白になった。
2003年、当時のブッシュ(子)米政権は現在のベネズエラと同程度の人口を擁していたイラクに侵攻し、フセイン大統領を拘束した。ただ、戦後統治や復興には失敗し、侵攻の理由とした大量破壊兵器も見つからずに強い国際的批判を招いた。
トランプ氏もイラク戦争について「そもそも関与したのはひどい過ちだった」と非難していた。トランプ氏支持層の多くも外国への介入に否定的で、米軍の海外派兵は当面ないだろうとの見方が広がっていた。
それでもトランプ氏は政権転覆後の統治の道筋が不透明な中で、マドゥロ政権の打倒に踏み切った。今後、ベネズエラに米軍を派遣する可能性も示し「地上部隊の派遣を恐れていない」と語った。
マドゥロ氏は2日、首都カラカスで中国の中南米担当の特使と会談し、協力関係を再確認していた。最近のトランプ氏が重視する中国の影響力をテコに攻撃を抑止する狙いがあったとみられるが、中国のメンツをつぶした形となった。
トランプ氏の支持率は昨年冬から3割台で低迷し、今年秋の議会中間選挙の敗北でレームダック(死に体)化するとの見方も出ている。今回の作戦に政権の求心力を高める思惑があるのは明らかで、短期の政治的な都合の前には従来の外交的な常識が通用しなくなることが浮き彫りになった。
トランプ氏は4日、ベネズエラが安価な石油の供給で支えてきたキューバについて「崩壊寸前だ」と記者団に語った。軍事介入に関しては「必要ないと思う。自滅しつつあるようだ」とも指摘した。
裏庭の中南米を重視する姿勢をみせるトランプ政権が、キューバへの介入に踏み切る可能性は否定できない。1960年代から米政府を悩ませ続けてきたキューバの反米政権を転覆できれば、同氏にとって歴史的な業績になるためだ。

25年6月に空爆したイランに対する再攻撃の観測もくすぶる。トランプ氏は2日、イランで続く反政権デモの参加者に治安部隊が発砲した場合「米国は救いに向かう」と表明した。中東に駐在する欧州主要国の大使は「トランプ氏の次の標的はイランになる可能性が高い」と分析する。
中国、ロシアの通常兵器に頼れない実態が明らかになったことで、専制国家のトップたちが核武装による自主防衛を急ぐ懸念が高まっている。
北朝鮮の朝鮮中央通信は5日、朝鮮人民軍が4日に極超音速ミサイルの発射訓練をしたと伝えた。視察した金正恩(キム・ジョンウン)総書記は核抑止力が必要な理由について「最近の地政学的危機と国際的な重大事が説明している」と語った。米国のベネズエラ攻撃を念頭に置いた発言とみられる。