絶望が育んだ過激主義 パレスチナ問題放置のツケ

激震 中東と世界①

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Source: Nikkei Online, 2023年10月17日 5:00

空爆で破壊された建物を調べる住民(15日、ガザ)=AP

中東パレスチナで再燃した衝突は、世界で最も不安定な地域に封じられていた憎悪を呼び覚ました。ウクライナの戦争に長期化観測が強まるなか、世界はもうひとつの大きな戦火を抱え込んだ。深まる分断と対立で、秩序の行方はさらに混沌となる。

イスラエル南部ネゲブ砂漠が広がる乾燥地にバラディアと呼ばれる小さなアラブ風の町がある。学校と商店と病院が並び、壁にはアラビア語の落書きが走る。モスクからは礼拝を呼びかける「アザーン」も響く。

だがそこに住人の姿はない。イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザでのきたるべき市街戦にそなえ建設した演習施設だ。作られたのはイスラエルがガザから撤退した2005年。ガザではイスラム組織ハマスが医療や教育支援で支持を広げ、その後に武力で制圧した。ハマス掃討作戦はそのころから練られていた。

イスラエルの空爆を受けたガザの一般市民の痛ましい映像はパレスチナ人やアラブ人のなかに眠っていた憎悪を呼び覚ましつつある。イスラエルとサウジアラビアの関係正常化交渉など雪解けの動きは逆回転しかねない。過激派によるテロ、関連組織や敵対国家を巻き込んだ偶発的な衝突の恐れもある。

あらわになった現実は、最大級の地政学リスクであるパレスチナ問題を放置したまま、中東の和平を進めようとする戦略が破綻を迎えたということだ。

パレスチナとイスラエルが隣り合って平和裏に共存する「2国家解決」のためには、国境の画定や聖地エルサレムの取り扱い、難民の帰還などの難題が横たわる。その解決に何度も挑み失敗した米国や欧州の政策当局者のあいだには、ひとまずこれを棚上げにして周辺アラブ諸国とイスラエルの和解を先行させようという発想が古くからあった。

これは、中東の多くの指導者にとっても都合のいい考え方だった。交渉の必要性を封じ込めたと考えたイスラエルのネタニヤフ首相は極右政党を連立に招き入れ、入植活動を加速させた。

湾岸アラブ産油国は、経済利益や対立するイラン包囲を優先してイスラエルとの和解に動いた。中国との覇権争いやウクライナ支援で手いっぱいの民主主義陣営のリーダーたちも、パレスチナの難題に手をつける余裕はなかった。

世界は見落としたのか、見て見ぬふりをしたのか。しわ寄せはイスラエルとエジプトが築いたフェンスに囲まれた「天井なき監獄」に集中した。22年のガザの1人当たり所得は1257ドル(18万8000円)とイスラエルの40分の1以下だ。

絶望、貧困、怒りが育む過激主義は、いつか見た光景だ。中東ではイラクやシリアなど内戦と圧政と混乱がアルカイダや「イスラム国」(IS)などの過激派を育んできた。

シェール革命によってエネルギーの自立を強めた米国にとり、中東の戦略的重要性は下がったとみられた。中国との覇権争いを繰り広げ、中東に振り向けていた政治資源を減らそうと試みてきた。だが、エネルギー転換期における中東の地政学上の重要性とリスクは高まるばかりだ。問題の先送りはもう許されない。

(編集委員 岐部秀光)

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