Source: Nikkei Online, 2023年10月19日 5:00
【「激震中東と世界」記事一覧】
「正直に言いたい。ウクライナ人にとっては危険な状況だ」。イスラム組織ハマスのイスラエル攻撃から4日後の11日。予告なしにブリュッセルを訪れたウクライナのゼレンスキー大統領は北大西洋条約機構(NATO)本部での会合後、西側のウクライナ支援が細りかねないと焦燥感をあらわにした。
ロシアとの戦いの先行きが不透明な中で、米議会では支援継続への慎重論も徐々に広がっていた。米政界に大きな影響力を持つイスラエルへの支援が優先される事態になればウクライナにとって逆風になる。
同氏は「世界で他にも悲劇が起きた場合、米国や欧州連合(EU)などが出せる軍事支援は一定量だけだ。ロシアは支援が分かれることを望んでいる」と嘆いた。
ウクライナが何より懸念するのは、同国への世界の関心度が急激に低下したことだ。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルの米3紙のウクライナをテーマとしたニュース・解説記事数でもその傾向は鮮明だ。
7日のハマスの攻撃前後の6日間を比べると、1〜6日は37本だったが8〜13日は19本に半減した。
ウクライナへの欧米の関心が薄れれば、巨額の支援継続への世論の支持低下は避けられない。
オースティン米国防長官は11日、ブリュッセルで「(イスラエルとウクライナ支援の)両方を行う」と述べたが、ゼレンスキー氏は「支援が維持されるかは誰にも分からない」と不安感を隠さなかった。
ウクライナを強く支持してきた東欧諸国でも支援への逆風が吹く。隣国スロバキアでは9月末の総選挙を経て、対ウクライナ軍事援助への反対を掲げる親ロシア派政党が主導する新政権が発足する方向となった。
ロシアはこうした展開を歓迎する。国際刑事裁判所(ICC)からの逮捕状が出ている中で12日から中央アジアのキルギスへの外遊を始めたプーチン大統領は、中東情勢の悪化の原因は「米国の政策の失敗にある」と語り、余裕の表情をみせた。
ウクライナ東部の最前線では同日ごろからロシア軍が新たに大規模な攻撃を始めた。ウクライナ軍幹部は14日、ドネツク州など東部戦線の状況が「ここ数日で著しく悪化している」と認めた。
ロシアはウクライナが6月に始めた反転攻勢を押し返し、併合を宣言した東部4州の支配を固める戦略だ。西側の制裁下でも増え続ける原油輸出の収入を国防費につぎ込み、来年は今年の1.7倍に増額する。
欧州外交評議会のグレッセル上級政策フェローは「資源高もあり、ロシアは支援疲れをみせる西側に継戦意思で勝てると考えている」と分析する。
世界の安保秩序を維持するための米国の軍事資源には限界があり、中東の危機が長引けば他地域で侵略行為を試みる指導者が増えかねない。
米政治サイトのポリティコによるとブリンケン米国務長官は今月上旬の一部議員との電話会議で、アゼルバイジャンが隣国アルメニアとの係争地の問題を武力で解決したのに続き、同国への侵攻を始める可能性があると伝えた。
(ウィーン=田中孝幸)