ロシア、戦車関連部品を日本から迂回調達 中国経由で

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Source: Nikkei Online, 2024年2月23日 17:00

精密機器の流入がロシアの戦車生産を支える(2月、国内工場を視察するプーチン大統領)=ロイター

ウクライナに侵攻するロシアの軍需企業が、戦車生産に必要な日本製や台湾製の精密機械の部品を調達し続けていることがわかった。日本経済新聞が入手した取引記録の内部資料によると侵攻した2022年2月以降、ロシアの同盟国ベラルーシの政権関係者が中国に設けた企業を通じて各種の部品を買い取り、ロシアに送っていた。

ロシアの軍需産業を狙った制裁が第三国経由の貿易などで有効に機能していない実態が浮き彫りになった。米国と英国の制裁管理当局はこうした取引を把握しており、制裁強化に乗り出すとみられる。

資料はベラルーシの反政府団体で国外に拠点を置く「BELPOL」が同国の軍需関係企業に在籍する複数の協力者から提供を受けた。ロシアとベラルーシ、中国などの企業間の契約書や取引記録、金融機関の支払い記録などが含まれている。

それによるとベラルーシのルカシェンコ政権の関係者が中国広東省で22年に「深圳5Gハイテクイノベーション」社を設立。日本や中国、台湾で造られたモーターやセンサーといった戦車などの兵器生産に不可欠な精密機械部品の調達を進めた。

深圳5Gが調達した部品リストには、日本の工作機械の位置決めセンサーのメトロール(東京都立川市)や精密モーターのオリエンタルモーター(東京・台東)、愛知県の工作機械大手の製品型番が含まれている。

他の中国企業が保有していた在庫を深圳5Gが買い取ったとみられている。深圳5Gはこれらの部品をベラルーシの軍需関連企業「サレオ」や「LLC付加技術研究所」(LLC)に送っていた。いずれの組織も同国のルカシェンコ政権の管理下にある。

例えばメトロール製とみられるセンサー部品は23年5月、1ユニット1万6035元(約33万円)でサレオに輸出されていた。

BELPOLのウラジーミル・ジハル氏は「ベラルーシやロシアの軍需企業がサレオやLLCがアジアで調達した精密機器を使って戦車の中核部品を製造している」と指摘する。最終的にロシアの戦車生産拠点であるウラルワゴンザボードの工場に送られ、T72やT90などの主力戦車に組み立てられているという。

メトロールは日本経済新聞の取材にこれまで深圳5Gと直接取引していないと表明した。今後、取引先に深圳5Gへの転売は控えるように求め、同意が得られない場合は取引中止も視野に入れて対応すると回答した。

オリエンタルモーターも深圳5Gとの直接取引はないと回答し「輸出管理における法令順守を徹底している」と強調した。深圳5Gとサレオは22日時点で日本経済新聞の問い合わせに回答していない。

ベラルーシの軍需企業と台湾企業との直接的な取引を示す資料もあった。それによるとLLCは22年、台湾の精密機器メーカーの「ATTOPTIC」社製のエンコーダーディスクの調達に着手した。

エンコーダーディスクは移動量や方向、角度をセンサーで検出するためのエンコーダーの内部に搭載する円板で、T72などの戦車のパノラマ照準器に使われる。調達された600ユニットはLLCから10万8864ユーロ(約1770万円)で米英の制裁対象に指定されているロシアの「Peleng」社に売却されていた。

内部資料によるとLLCはATTOPTIC社に複数回にわたって代金を送金しようとしたが、米国の金融制裁の影響で失敗。23年6月に制裁網をかいくぐる形で東欧・カフカス地域のジョージアの金融機関を経由して送金し、その後にディスクも同国経由でLLCに納入された。

台湾は主要7カ国(G7)と足並みをそろえる形でロシアやベラルーシへの禁輸などの制裁を強化してきた。台湾経済部(経済省)国際貿易署は日本経済新聞の取材に「ATTOPTIC社のエンコーダーディスクやLLCは輸出規制リストに入っておらず、対ロ輸出規制には違反していない」との見解を示した。

同時に「米国や英国、日本などがLLCを規制リストに記載すれば、台湾もこの会社への輸出を禁止する」と表明した。ATTOPTIC社の担当者は日本経済新聞に「この件に関しては取材に応じられない」とだけコメントした。

LLCの担当者は日本経済新聞に台湾企業との直接取引の事実を否定した。一方で「我々は中国の組織と協力を続けている」と語った。

米国や英国の当局も最近、深圳5Gをパイプ役とした制裁逃れの詳細を把握しており、近く制裁対象に指定される可能性がある。それでもロシアやベラルーシが新たな会社を中国など第三国に立ち上げる可能性が高く、供給ルートを完全に断つのは難しい。

(キーウ=田中孝幸、比奈田悠佑)

狙われた日本品質、定価の20倍も
 迂回取引の根絶困難

Source: Nikkei Online, 2024年2月23日 17:00

「深圳5G」が絡む取引資料のコピー

日系メーカーの製品が中国やベラルーシを経由してロシアの兵器製造に利用されている。ロシアは高い性能の兵器を確保するため、部品の調達や生産設備の維持に躍起だ。世界各国に広がったサプライチェーン(供給網)の中から、非正規ルートを断つ難しさが浮き彫りになっている。

日本経済新聞が入手したベラルーシ企業の取引資料には、メトロール(東京都立川市)のセンサーとみられる型番が記載されていた。同社によると工作機械の一種である「NC旋盤」に組み込むセンサーで、金属を削る工具などを緻密に制御するために必要なものだ。

金属加工の精度は兵器性能を左右する。戦闘車両の耐久性や燃費、砲弾の着弾精度など部品をつくる工作機械の性能が問われる局面は多い。センサーなどの保守部品の故障や劣化を放置すれば生産する兵器の品質は低下する。

メトロールは工具の摩耗具合を検知するセンサーで「世界トップクラスのシェア」(同社)だという。

オリエンタルモーター(東京・台東)の産業用モーターやモーターの力を引き出す機械部品とみられる型番も記載があった。ベルトコンベヤーなど生産ラインに使われるものだ。

取引資料にはほかにも日系メーカーの工作機械に組み込むためとみられる電機部品がみつかった。こうした部品のなかには、定価の20倍の価格で取引された形跡が残るものもあった。中国などで複数の業者を経るなか、価格がつり上げられたとみられる。

つり上げられた取引価格からは、ベラルーシやロシアが調達に躍起になっている姿が浮かび上がる。日本などのメーカーが輸出管理を厳格化しても、第三国の複数業者を通じたルートまでは追い切れない実情も透ける。

オリエンタルモーターは間接取引や中古流通のほか、模造品の存在も指摘したうえで「製品の平和的利用が企業の願いだ」と強調する。

メトロールも、過去に出荷し間接的な取引先を経て流通する在庫について「当社が関与することは極めて困難な状況」と説明する。

ロシアの兵器製造の現状について、東京大先端科学技術研究センターの小泉悠准教授は「西側諸国が当初想定したほどには崩れなかった」と解説する。もともと機械産業の地力があることに加え、比較的弱いとされるセンサーや通信関連の部品については、欧米や日本が禁輸しても第三国をバイパスに調達網を再構築していると指摘する。

ロシア、ベラルーシ、中国、日本だけを見ても貿易の様相はロシアによるウクライナ侵攻後にがらりと変わった。2021年と23年で比較すると、日本からロシアへの輸出額は5割減、ベラルーシへは3割減となった。

一方で中国からロシアは1.8倍、ベラルーシへは2.3倍に膨れ上がった。ロシアが中国をルートとした制裁回避のための調達網の整備を進めているのは間違いない。

今回の取引資料には深圳5Gハイテクイノベーションの印鑑が押されており、中国名は「深圳五力高科創新科技」とある。これを中国の企業情報照会サービスで検索すると、広東省深圳市の龍崗区にある雑居ビルに本社を置いていることが分かる。

このエリアは貿易や物流関連を含めて様々な分野の零細企業が点在し、企業の看板がないオフィスも多い。ネット大手の騰訊控股(テンセント)などハイテク企業が集積する深圳中心部からは離れているが、港湾や倉庫街へのアクセスが良好だ。

このため、目立たず兵器関連の部品の輸出入を扱える立地としてベラルーシ人経営者が選んだ可能性がある。米欧の制裁管理当局はこうした地域がロシアのダミー会社の拠点になっているとして監視を強めている。

(比奈田悠佑、キーウ=田中孝幸)


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