プーチン氏に非を認めさせた
小国の独裁者
 冷徹な対ロシア交渉術

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Source: Nikkei Online, 2025年10月15日 7:00

9日の会談でプーチン氏㊨はアリエフ氏への低姿勢を崩さなかった=スプートニク・AP

ロシアのプーチン大統領は9日、アゼルバイジャンのアリエフ大統領との会談で、2024年12月に発生したアゼルバイジャンの旅客機の墜落がロシア側の問題によって引き起こされたと初めて認めた。被害を補償するほか、関係者の法的責任を問う方針も表明した。

ロシアはかねて、墜落事故を巡ってうやむやな決着を探る動きをみせてきた。小国が往々にして泣き寝入りを強いられる国際政治の世界でアリエフ氏がプーチン氏に非を認めさせた経緯は、西側諸国の対ロシア外交にとっても示唆に富んでいる。

プーチン氏が異例の低姿勢

タジキスタンの首都ドゥシャンベで開いた9日の会談で、わびを入れようとするプーチン氏の態度は明らかだった。右側に座ったアリエフ氏に向かって前かがみの姿勢で視線を下に落とし、ロシア軍の防空システムの故障が事故原因の一つだったと表明。身ぶり手ぶりを交えながら、真摯に真相究明の取り組みを続けてきたと訴えた。

一方、アリエフ氏は椅子に深く座って肘掛けに両腕を置き、余裕をにじませた。事故についてプーチン氏が会談で取り上げたことに謝意を示し、両国関係が「あらゆる分野で順調に発展している」と発言。プーチン氏の姿勢を評価し、事故で悪化した関係の正常化に応じる考えを示した。

ローマ教皇との会談にも遅刻するなど、様々な手法で外交舞台の主導権を握ろうとしてきたプーチン氏がこれほど低姿勢になるのは極めてまれだ。ましてやアゼルバイジャンや中央アジアなど旧ソ連圏の首脳たちには、これまで地域の盟主としての高姿勢を隠してこなかった。

過去の旧ソ連圏各国での航空機事故などの際も、ロシアは圧倒的な国力差を背景に自らに有利な形で決着させてきた。1993年のジョージア内戦中にスフミの空港に向かっていた旅客機が相次ぎ地対空ミサイルで撃墜された事件でも、ロシア軍は関与を否定。ジョージア側が求めた真相究明の試みを拒んだ。

ロシアと比べて国内総生産(GDP)は30分の1、人口は14分の1のアゼルバイジャンが今回、プーチン氏から異例の対応を引き出せたのは、同氏と同様に独裁者として知られるアリエフ氏の周到な準備がある。

同氏は事故の発生当初から、いいかげんな決着を拒む姿勢を崩さなかった。ロシアの航空監視機関は航空機が鳥と衝突するバードストライクを事故原因として指摘したが、アゼルバイジャン側は機体の破損画像から早々に地対空ミサイルによる撃墜と判断した。

ロシア上空での損傷でカザフスタン領内に墜落した
アゼルバイジャン航空の旅客機(24年12月25日)=ロイター

トランプ氏に花、関与引き出す

アリエフ氏は12月29日の国営テレビのインタビューで、ロシアに攻撃されたことが原因との見方を示し、責任者の処罰や補償を求めた。初期対応でロシア側への配慮でつけいる隙をみせれば、事件解決の主導権を握られるとの危機感があったとみられる。

今年1月に発足したトランプ米政権との関係強化にも乗り出した。3月にはトランプ氏の最側近であるウィトコフ中東担当特使と会談し、最終段階にあった隣国アルメニアとの和平協議に米国を関与させる道筋を探った。

その結果、8月にトランプ大統領が保証人として仲介する形での和平合意を実現させた。アゼルバイジャン本土と同国の飛び地のナヒチェワンをつなぐアルメニア国内のザンゲズル回廊を「国際平和繁栄トランプルート」と名付けて事実上、米国の管理下に置き、国際的なエネルギーや貿易のルートとして開発することも決めた。

トランプ氏に新たな権益を提供したうえ、ノーベル平和賞の受賞対象にもなり得る実績の花を持たせたアリエフ氏は対米関係を格段に強化した。トランプ氏は米ホワイトハウスで開いた和平合意の署名式後、アリエフ氏に「あなたは偉大な指導者だ」との手書きのメッセージを添えた署名入りの写真を贈った。

トランプ氏はアリエフ氏㊧に直筆のメッセージ入りの記念写真を贈った(アリエフ氏のXへの投稿から)

ロシアが中東に向かうルートにあるアゼルバイジャンやアルメニアなどのカフカス地方で米国がさらに影響力を広げれば、プーチン氏にとって安全保障上の深刻な問題になる。そうした事情を知るアリエフ氏は地域の問題の協議からさらにロシアを外す姿勢を鮮明にし、プーチン氏を自らの非を認めざるを得ない立場に追い詰めた。

核大国の独裁者に対しては善意や良心に訴えるのは無意味で、超大国・米国をバックにした力しか効果が見込めない。大統領に在任22年で外交経験が豊富なアリエフ氏が、こうした国際政治の冷厳な現実を熟知していたのは間違いない。

欧州主要国の高官は「必死にトランプ氏の機嫌をとってウクライナ問題への協力を求める我々とアリエフ氏は現実主義者である点で共通している」と指摘する。日本外務省の幹部も「中国やロシアの脅威に対応するうえで、今回のケースには学ぶべき点が多い」と語る。


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