Nikkei Online, 2021年5月19日 5:00
米IBMは 2ナノメートル(ナノは10億分の1、nm)プロセスの半導体製造技術でテストチップの作成に成功したと5月6日(米国時間)に発表した。「LSI(大規模集積回路)の構築に必要な数千のマクロについて、性能や信頼性、欠陥密度を確かめた」と、IBMリサーチ ディレクターのダリオ・ギル氏は語る。
同社によれば、現在主流の先端プロセスである7nmプロセスと比較して、チップの演算性能を45%高めるか、あるいは消費電力を75%削減できる。「これまでスマートフォンを1日1回充電していたところ、4日に1回で済むようになる」(ギル氏)。早ければ2024年後半には2nmプロセスのチップを実用化できる見通しという。
IBMの発表は2つの点で重要なポイントを含んでいる。半導体チップの微細化を支えた「ムーアの法則」のさらなる継続への可能性と、IBMを含む米企業の半導体ビジネス戦略だ。ギル氏への取材に基づき、その要点を明らかにする。
IBMが開発した2nmプロセスは、17年に同社が発表した5nmプロセスで採用した「ナノシート構造」を改良したものだ。
ナノシート構造とは、薄いシート状のシリコン層の回りを、ゲート電極が上下左右取り囲む構造のこと。ゲート電極とは、トランジスタを流れる電流のオン/オフを切り替えるために電圧を印加するための電極を指す。現在主流の「FinFET構造」は3方向をゲート電極で囲うが、ナノシート構造は4方向から囲うことで、より効率よく電流をオン/オフできる。
5nmプロセスと比べた最大の違いは、素子の絶縁層から漏れ出る電流(リーク電流)を抑えるため、絶縁層に使う誘電体材料を新規に開発した点だ。これにより回路の微細化を進めつつ、それに伴うリーク電流の増大を抑えた。
「微細化において最も重要なのが、誘電体材料の開発を含めた材料科学だ。今後は材料科学のイノベーションが微細化の進展を左右するだろう」とギル氏は語り、2nm以降におけるムーアの法則の継続は材料科学次第だとの見解を示した。「我々は、さらに微細化の世代を進められると確信している」(ギル氏)
ナノシートを構成するシリコン層の厚さは5nm、ゲートの幅(ゲート長)は12nmである。なお現在の半導体製造技術において「2nmプロセス」「5nmプロセス」などの呼称は、技術の世代を示す符丁であり、特定箇所の長さを示すものではない。ゲートのしきい値電圧を変えることで「演算性能重視のチップからモバイル用省電力チップまで製造できる」(ギル氏)
2nmプロセスで製造した半導体チップは「指の爪ほどの大きさのチップに500億個のトランジスタを詰め込める」(ギル氏)。7nmプロセスの場合は200億個ほど、5nmプロセスでは300億個で、1世代進むごとにトランジスタの密度を1.5倍近く高めた計算になる。
今回の2nmプロセスの開発は、単なる研究開発の発表にとどまらないインパクトを持つ可能性がある。半導体製造ビジネスの米国回帰への布石という意味合いだ。
2nmプロセスの発表より1カ月ほど前の3月23日(米国時間)、米インテルはIBMと半導体製造技術を共同開発すると発表した。両社の半導体研究チームが共同で次世代のパッケージング技術やプロセス技術を開発する。サーバー用CPU(中央演算処理装置)などで長年のライバルだった2社が手を組んだ瞬間だった。
IBMは14年に半導体製造部門を売却し、現在はサーバー用CPU「POWER(パワー)」シリーズやメインフレーム用チップの製造を他のファウンドリー(半導体製造受託事業者)に委ねている。プロセス技術の基礎研究は継続しつつ、その成果をファンドリーに提供してチップの製造を委託するスタイルだ。
当初は売却先である米グローバルファウンドリーズに製造を委託していたが、同社が最先端のプロセス開発競争から脱落したのに伴い、IBMは韓国サムスン電子との協業を強化した。
IBMが21年後半に市場投入する予定のサーバー用CPU「POWER10」は、IBMが開発した7nmプロセスをベースにサムスン電子が製造する。「サムスン電子とのパートナーシップは拡大を続けている」(ギル氏)
一方のインテルは、2月に就任したパット・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)のリーダーシップのもと、ビジネスモデルの大転換に乗り出している。その最大の目玉は、他社チップの製造を受託するファウンドリー事業の強化だ。
同CEOは3月23日、最大200億ドル(2兆2000万円)を投じて米アリゾナ州に2工場を新設すると発表した。両工場でファウンドリー事業も手掛ける。併せてIBMとのパートナーシップも発表した。インテルは先端プロセスの実用化で苦戦しており、IBMが開発した2nmプロセスをインテルが採用するといった展開は十分考えられる。
長年のライバルを結びつけた動機の1つには、米政府が進める半導体振興策がある。
現在、最先端の半導体プロセス技術の研究開発と製造を進めている企業は、台湾積体電路製造(TSMC)、サムスン電子、そしてインテルの3社に絞られる。このうち最大シェアを握るTSMCが製造拠点を置く台湾は米中対立の最前線であり、有事の際には半導体チップの供給が世界的に停滞する恐れがある。「米国を含む多くの国は、半導体産業を産業競争力および国家安全保障のキーテクノロジーとみている」(ギル氏)
実際、米バイデン政権は半導体製造工場の国内誘致を積極的に進めている。米政府は3月31日、米国内の半導体製造施設への投資に対し、500億ドル(5兆4000万円)を支援することを明らかにした。この支援は「最先端プロセスのチップを米国内で製造する強力なインセンティブになる」(ギル氏)
半導体製造技術の進化は、人工知能(AI)技術の進化からデータセンターの省電力化まで、その波及効果は大きい。IBMによる2nmプロセスの開発成功は、先端技術を巡る米中の主導権争いにも一定の影響を与えそうだ。
(日経クロステック/日経コンピュータ 浅川直輝)
[日経クロステック2021年5月13日付の記事を再構成]