圧倒的世界シェアのTSMC、なぜ今、日本に拠点を設置?
日本の半導体関連企業との関係強化

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 5月31日、経済産業省は「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先端半導体製造技術の開発(助成)」に関する情報を公開した。それによると、茨城県つくば市に世界最大のファウンドリー(半導体の受託生産)企業である台湾積体電路製造(TSMC)が拠点(TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社)を設置し、後工程と呼ばれる半導体の生産プロセスの研究開発を進める。

 そこには、東京応化工業をはじめ、20社超の日本企業が参画する予定だ。業種別に参画する企業を分類すると、どちらかといえば半導体の製造装置を手掛ける企業よりも、部材関連の企業が多いとの印象を持つ。また、日本の研究機関もパートナーに名を連ねている。

 一つの見方として、TSMCは東京応化など日本の半導体部材関連企業との関係強化をより重視している可能性がある。東京応化は常にTSMCの高い要求に応えてきた。中長期的な展開を考えた際、東京応化などニッチ分野での企業の成長が日本経済に与える影響は、一段と大きくなる可能性がある。

半導体の製造プロセスの後工程

茨城県つくば市においてTSMCは、半導体の後工程に関する技術の研究と開発を進める。その背景には、日本政府からの要請に加えて、東京応化のように世界トップの生産技術を持ち高純度かつ微細な半導体部材などを生み出す日本企業との連携を進める狙いがあるだろう。

 まず、半導体の生産プロセスを簡潔に確認する。半導体の生産は3つのプロセスに分けることができる。
 (1)半導体の設計・開発、
 (2)前工程(集積回路の形成、ファウンドリー企業が担当)、
 (3)後工程(回路の切り出しやケースへの封入など)だ。
(1)から(3)の順に、左から右へと流れるフローチャートを頭の中にイメージするとわかりやすいだろう。

 まず、半導体の設計・開発は、米国のアップルなど、一般的に「ファブレス」と呼ばれる企業が行う。例えば、米アップルはスマホやパソコンのICチップを設計、開発し、その生産をファウンドリーであるTSMCに委託する。アップルは設計と開発に注力することによって、生産施設の建設など負担を減らし事業運営の効率性向上を目指すことができる。

 前工程では、ファブレス企業である顧客の要請に基づき、TSMCはシリコンウエハ上に集積回路を形成する。特に、TSMCは集積回路の幅を小さくする微細化に注力し、顧客の要請に的確、かつ迅速にこたえてきた。TSMCは現時点で最先端といわれる回路線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)の生産ラインを確立した。同社は、次世代の2ナノメートルの回路線幅のチップ生産ラインの確立にも取り組んでいる。

 その結果、ファウンドリー分野でのTSMCの世界シェアは55%程度にまで拡大した。状況としては、世界の半導体産業の盟主の座が米インテルからTSMCにシフトしているように見える。TSMCが微細化を推進するうえで、東京応化は高純度のフォトレジスト供給者として重要な役割を担っている。

 3番目が後工程だ。後工程では、台湾の日月光半導体製造(ASE) や米国のアムコー・テクノロジーのシェアが高く、TSMCは後発といわれる。後工程では、ウエハを研磨し、切り出した集積回路をケースに封入するなどする。後工程では、メモリと演算装置を縦に積み上げるなどしてアップルなど最終製品メーカーが求める性能を実現することの重要性が高まっているようだ。

今、TSMCが東京応化などとの関係を重視する理由

TSMCがさらなる成長を目指すために、前工程での微細化に加えて、3次元積層など後工程での技術の重要性は増している。特に、封入などに用いられる素材に関して、日本企業のシェアは高い。東京応化はその代表的企業だ。

 前後の両工程において、東京応化はコスト、感度、基板と部材の密着性など、世界の半導体メーカーの要求を満たす感光材を提供してきた。それが、TSMCの微細化と歩留まり向上に与えた影響は大きい。それは、日本の他の半導体部材メーカーや半導体製造装置メーカーにも当てはまる。そうした要素がなければ、日本政府からの熱心な呼びかけがあったとしても、TSMCは研究・開発拠点を設けないだろう。

 重要なことは、なぜ今、TSMCが日本に拠点を設けるかだ。世界的な半導体需要が見込まれる中で後工程への取り組みを強化することは、その理由の一つだろう。それ以外にもTSMCが日本を重視する理由が思い当たる。

 例えば、現在、台湾では世界的な半導体不足の深刻化などによって、電力や人材が不足している。干ばつによる水不足も深刻だ。TSMCがそうしたリスクに対応するために、日本において東京応化などとの関係を強化することは、柔軟なサプライチェーンを目指すために重要だろう。

 TSMCは地政学リスクにも対応しなければならない。経済の側面から考えると、「中国製造2025」の実現のために中国共産党政権は、TSMCをはじめとする台湾半導体産業への影響力の拡大を目指し、台湾への圧力を強めようとしているようだ。TSMCがそのリスクに対応するために、微細化や後工程分野での取り組み強化に欠かせない東京応化などが本拠地とする日本に研究開発拠点を設けることは、想定外の展開に対応するために重要といえる。

 先に示した半導体生産プロセスに基づいて考えると、TSMCが重視していることは、半導体生産の総合力向上だろう。そのために、TSMCは、微細化や後工程での取り組みなど自社の付加価値の源泉と、それを支える社外の要素を、鎖で強固につなぐようにして価値が自社外に逃げないようにし、競争優位性をさらに高めようとしているとの印象を持つ。

重要性増す東京応化など半導体部材メーカー

東京応化がTSMCにとって不可欠なサプライヤーとしての地位を確立した背景には、日本産業の成長が影響している。1970年代以降、テレビなどの家電分野で日本企業は世界的シェアを獲得した。それが需要源となって日本の半導体産業が成長した。1986年に日本の半導体メーカーの世界シェアは米国を抜き、世界トップ10社のうち実に6社が日本企業だった。その多くが、東京応化が本社を置く神奈川県川崎市周辺(京浜工業地帯の一部)に拠点を置いた。今日、日本の半導体メーカーにかつての強さは見られない。

 しかし、東京応化は世界最大手のフォトレジストメーカーとしての競争優位性を発揮している。その根底には、同社が日本半導体メーカーの要求に応えて微細かつ高純度のモノづくりの力を磨き、さらにはその力を海外で発揮したことがある。

 世界経済全体の今後の展開を考えると、当面の間、半導体供給者としてのTSMCの重要性は増す可能性がある。TSMCは日本の半導体部材、製造装置メーカーとの関係を重視している。他方で、日本には、TSMCやサムスン電子などの半導体メーカー、アップルやエヌビディアなどのファブレス企業、アマゾンなどの大手ITプラットフォーマーが見当たらない。日本経済が世界経済のデジタル化の恩恵を享受するために、東京応化など半導体部材メーカーの重要性は高まるだろう。なぜなら、部品を組み立てて作られる機械やチップと異なり、微細な化学製品は模倣することが困難だからだ。

 ニッチな分野でのモノづくりの力は、中長期的な日本経済の展開に無視できない影響を与える可能性がある。日本の微細、および精緻なモノづくりの力が発揮され、それが世界のIT先端企業などから必要とされている足許の状況は、日本の企業と経済が成長を目指す“最後のチャンス”といっても過言ではない。

 東京応化をはじめ日本の半導体部材や製造装置関連企業がTSMCとの研究・開発を強化できれば、関連分野における日本企業のシェアは高まり、経済のダイナミズム向上にも相応の影響があるだろう。そうした観点から東京応化がどのように微細かつ高純度のモノづくりの力を高め、発揮するかに注目したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

●真壁昭夫/法政大学大学院教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

 

 

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