省エネ素材で半導体進化 テスラ採用、微細化の限界超越

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Nikkei Online, 2021年9月6日 2:00

シリコンが長く使われてきた半導体の基板材料で新素材の開発・導入が進んできた。電気自動車(EV)では米テスラによる採用を皮切りに、炭化ケイ素(SiC)を基板に用いた半導体の導入が相次ぐ。SiCや窒化ガリウム(GaN)を用いた化合物半導体に加えて、ダイヤモンドなどの研究開発も進む。回路の微細化に限界が見える中、新素材でさらなる性能向上を目指す。

スマートフォンやパソコンなどの電子機器はCPU(中央演算処理装置)やメモリーなど様々な半導体を使うが、現在は大半が基板材料にシリコンを用いて製造されている。1947年に米ベル研究所が半導体トランジスタを発明してしばらくはゲルマニウムが使われたが、60年代以降は入手しやすく、加工も容易なシリコンが主流だ。

その絶対的優位が近年、EV向けのパワー半導体で崩れつつある。きっかけはテスラだ。同社は主力EV「モデル3」の一部で、モーターの制御などを担うインバーターに量産車として初めてSiC基板を用いた半導体を採用し始めた。


テスラは「モデル3」のインバーターの一部にSiCを採用した

SiCは炭素化合物の一種で、シリコンに比べ原子と原子の結合が強く、ダイヤモンド、炭化ホウ素に次ぐ世界で3番目に硬い物質とされる。量産に高度な技術を要する半面、いったん結晶になれば特性が安定しているため、半導体の消費電力のロスを半分以下にできる。

放熱効果も高くインバーターの小型化につながる。名古屋大学の山本真義教授は「モデル3の空気抵抗値はスポーツカー並みに低い。インバーターの小型化で流線形のデザインを実現している」と話す。

テスラをきっかけに、EVでの採用機運が高まっている。独半導体大手のインフィニオンテクノロジーズは6月、EVのインバーター向けSiCモジュールを投入した。日本法人の神津岳泉氏は「SiCの普及のタイミングは以前の想定に比べ明らかに早まった」と話す。韓国の現代自動車は次世代EVにインフィニオン製SiCの採用を決めた。消費電力のロスを抑えた分、シリコンに比べ航続距離を5%以上延ばせるという。

仏ルノーは6月、半導体大手のSTマイクロエレクトロニクス(スイス)と2026年以降のSiCやGaN半導体の供給で提携を結んだ。トヨタ自動車は20年末に発売した燃料電池車「MIRAI(ミライ)」の新モデルにデンソー製のSiCを採用した。

調査会社の仏ヨールはSiCを用いたパワー半導体の市場が26年に20年比6倍超の44億7820万ドル(約4900億円)に拡大すると予測する。

普及の壁だったシリコンとの価格差も縮小している。名古屋大の山本教授は市場の立ち上がりに伴う量産効果などで「5年前まで10倍前後あった差が足元では2倍ほどに縮小している」と指摘する。SiC製基板の大口径化に取り組むメーカーも出ており、コストが一段と下がる余地がある。

日本勢ではロームが25年度までにSiCを用いた半導体で世界シェア3割を握る目標を掲げる。同社は10年にSiC製のトランジスタを世界で初めて量産し、実用化を主導してきた。09年に買収した独サイクリスタルはSiC基板を手掛けており、材料から一貫生産体制を築いている。

ロームは生産能力を19年度比で5倍以上に引き上げる計画で、このほど福岡県の主力工場で新棟が完成した。今後発売が予定されているEVへの採用もいくつか決まっているという。中国自動車大手の吉利汽車とも次世代半導体分野で技術提携した。伊野和英取締役は「これまではSiC市場の立ち上げに向けて半導体メーカー各社が協力してきたが、ついにメーカー同士が競う段階に入った」と話す。

SiCを追うように様々な新素材の応用開発が進んでいる。有力株の一つがGaNだ。青色発光ダイオード(LED)の基板として開発された日本発の技術で、パワー半導体基板に応用すればシリコンに比べ電力損失を10分の1程度に削減することが期待できる。SiCとの比較でも高速動作などに対応できる強みがある。

すでに充電器など一部の用途では実用化が進んでいるが、シリコンなど別の素材と組み合わせた製品がほとんどで、素材本来の性能を十分に発揮できていなかった。大阪大学の森勇介教授らの研究グループは豊田合成などと共同でGaNのみで直径6インチのウエハーを安定量産する技術の開発を進めている。

「シリコンの次」開発相次ぐ

新素材の研究開発が相次ぐ背景には、既存の半導体の性能向上に限界が見えてきたことがある。これまで半導体の性能が18カ月~2年で2倍になる「ムーアの法則」に基づく回路の微細化が支えてきたが、足元では回路線幅5ナノ(ナノは10億分の1)メートルまで実用化が進んでおり、物理的な限界が近いとの見方がある。

省エネ化の機運も開発を後押しする。半導体の性能向上が滞れば、EVやデータセンターなどが膨大な電力を消費することになりかねない。チップの積層化など様々な手法が試されている一方、シリコンに代わる新素材への期待も高く、研究開発段階の案件も相次ぐ。

米テキサス大学オースティン校からスピンアウトした米LAB91は炭素原子シートの「グラフェン」をウエハー上に積層して性能を高める技術を開発中だ。実験段階で成功し、半導体メーカーと量産の検証に入った。車やスマホのカメラ部品に使い、「目」の役割を果たすCMOS(相補性金属酸化膜半導体)センサーやLEDの高性能化などにつなげる。

アダマンド並木精密宝石(東京・足立)と佐賀大学はSiCよりもさらに安定した特性から「究極の半導体素材」とも称されるダイヤモンドを用いたパワー半導体の製造技術を開発した。理論上は電力ロスをシリコンに比べて5万分の1に減らせるという。

ダイヤモンドは基板の大型化が課題だったが、工程の工夫で世界最大の1インチサイズの工場生産に成功した。研究室の段階では素子の生産に最低限必要とされる2インチも生産できた。ただ、現状ではダイヤ製基板の製造コストはシリコンの数千倍という。実用化に向けてはこのコストをいかに下げるかが重要になる。

基板以外の材料開発も進む。米カーネギーメロン大学からスピンアウトした米ARIECA(アリエカ)は、熱伝導性に優れる液体金属と「エラストマー」と呼ぶゴムのように伸びる素材を組み合わせた材料を開発。半導体の冷却に使う金属部品を媒介する形で使い、従来素材より放熱効果を5割以上高める。

半導体は微細化に代わる性能向上策として一つのパッケージに複数の半導体を集積する技術が注目されている。高い密度で集積すると熱が生じるのが課題だが、同社の技術が実現すれば、限られた体積のなかに大量の回路を集積して演算性能を高められる。

経済産業省は6月に発表した半導体戦略で、SiCやGaN、酸化ガリウムなど「革新素材」の研究開発や投資への支援を盛り込んだ。パワー半導体大手が立地する欧州や米国のほか、中国も新素材の振興に力を入れている。半導体のさらなる性能向上へ「シリコンの次」に向けた覇権争いが始まっている。

(龍元秀明、張耀宇、渡辺直樹)

 

 

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