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ゴッホ 新イメージ

芸術思想史家 木下長宏

Nikkei Online, 2020年6月19日

(2)「草を刈る少年」

アルルで「草の芽の研究」という言葉を見つけたが、考えてみると、この言葉を知る前から、自分は「草の芽の研究」をしてきたのではなかったか。

「草を刈る少年」は、まだ油彩の勉強をしていない頃の絵だ。

絵を描き始めたばかりの時、まっさきにミレーの「種播(ま)く人」の模写をしたものだった。その種が芽生えて草となり、刈られる日が来る。少年が刈り取る掌(てのひら)の中にある草には、そんな草の物語が秘められている。肘に継当てをした服を着、どこか貧しさを漂わす少年。

ゴッホは、元々画家になりたいと思ってもいなかった。父のような牧師になって、神の言葉を語り、恵まれない人びとの支えになる職に就きたかった。

しかし、神学部の受験勉強に失敗し、伝道師の実習も不合格になり、他に何も出来ないから、絵の道を選んだ。絵は子供の頃から親しんでいた。絵が、神の言葉を語り、貧しい人々と共に生きる目的を叶(かな)えてくれるはずだ。

この時、ゴッホが絵に賭けた思いは、芽生えたばかりの「草の芽」だった。生長したら、誰かが刈り取ってくれるだろう。

(1881年、水彩、46.6×60.4センチ、クレラー・ミュラー美術館蔵)