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ゴッホ 新イメージ

芸術思想史家 木下長宏

Nikkei Online, 2020年6月20日

(3)「機織る人」

農作業の合間に、機を織るのだろうか。重い茶色一色に塗られた画面。暗い部屋の、切り取られた窓から光が差し込む。その窓の向こうに、教会の尖塔(せんとう)が見える。手前の畑では、機織人の妻だろう、腰を屈(かが)めて畑仕事をしている。

部屋の暗さに応答するかのように、窓の外もどんより曇っている。

小さく遠くに望む教会の尖塔。ゴッホが画家になろうとする前からよくスケッチした、彼の大好きなモチーフだ。小さな先端が天へ向かって、手を差し伸べている。彼は十字架よりこの小さい教会の尖塔を好んだ。

この形は、芽生えたばかりの草の芽と似ている。天へ届こうと背伸びする教会の尖塔は、ゴッホにとって生命の祈りの姿だった。

「機織る人」の絵には、ゴッホが抱えていたもう一つの大切なモチーフが見て取れる。

外から入る鈍い光が、織り上がった布に反映し、機織り人の逆光像を彫り上げている。肉眼ではよく見えない面を見つめ描くことによって、絵が語り出すものがある。そんな絵を描くようになりたい。絵は語らなければならない、というゴッホの言葉が聞こえる。

(1884年、油彩、67.9×93.4センチ、ノイエ・ピナコテーク蔵)