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ゴッホ 新イメージ

芸術思想史家 木下長宏

Nikkei Online, 2020年6月23日

(5)「ボンズ姿をした自画像」

パリで印象派の画家たちと議論しているうちに、神の言葉を語り、貧しい人々を描くのが絵の使命だという考えには、こだわらなくなった。しかし絵画は、何か人間の卑小な存在を支える大きなものを描き出さなければならない。という考えは捨てられなかった。

そんなときアルルで、「一本の草の芽を研究する哲学者のような日本の画家」を発見したのだった。

自分もそんな画家のように、そんな画家となって絵を描こう。そうした思いを籠(こ)めて作ったのが「ボンズ姿をした自画像」である。

当時は乏しかったフランス語の日本文献からゴッホは禅画僧のことを学んだのだろう。「坊主」のことを「ボンズ」と言っている。

鏡に映る顔を描いたのではない。絵の中で、頭を剃(そ)って、眼をちょっとつり上げ、「日本の哲学者」になろうとしたのだ。着ている服は襟に縁取りのある愛用のジャケット。しかし、背景は、「さもしいアパルトマンの壁を描く代りに無限を描く」(テオへの手紙)。

当時は画家仲間の間で自画像を交換するのが慣(ならわ)しだった。ゴッホはこの「日本の哲学者」になりすました自画像をゴーギャンに送った。自負と決意の籠(こも)った自画像だ。

(1888年、油彩、ハーバード大学美術館蔵)