【ニューヨーク=吉田圭織】米国各地で熱波より影響が大きい「ヒートドーム」現象が広がっている。人口の約3割の1億人が影響を受け、記録的な暑さで死者も増えている。暑さが原因の死者はこの5年で倍増し、2050年には米国だけで年6万人に膨らむとの試算もある。ギリシャで観光地が閉鎖され、メキシコで野生動物が大量死するなど世界各地でも熱波が猛威を振るっている。
米国で発生している「ヒートドーム」とは上空の高気圧が熱い空気を押し下げてドームのような形を作り、熱を閉じ込める現象だ。熱波と異なり一定の位置にとどまる時間が長く、数日から数週間続くことがある。米国気象学会はこの言葉を2022年3月に用語集に追加した。
米海洋大気局(NOAA)の海洋学者のホスメー・ロペズ博士は「ヒートドームは直径数千キロメートルと、最大で米国大陸すべてを覆う規模にまで拡大できる」と述べた。「新しい現象ではないものの、以前に比べ発生回数が増え、期間も長くなっている」と話し、極地の気温上昇で熱帯との気圧差が縮み、大気循環が弱まることで発生しやすくなっていると説明する。
ロペズ氏によれば、ヒートドームはどこでも起こりうるが、植生や土壌水分が少ない大都市で発生リスクが高い。さらに、ヒートドーム発生中は高熱だけでなく、空気が滞るため、大気の質が悪化するという問題もあるという。
ヒートドーム発生で米国立気象局(NWS)による高温警報などが出ている地域に住む人は20日に1億人、人口の約3割に上ったとNOAAが発表した。
米東部マサチューセッツ州の一部学区では、エアコンがない学校が多いため猛暑を理由に夏休みの開始を数日前倒しした。ペンシルベニアやカリフォルニア州など米国各地で高温に伴うエアコンなどの利用増加で停電も起きた。NWSの速報値によると18日から19日にかけて、米国にある20カ所の観測所で従来の最高気温に達するか、記録が更新された。
猛暑は経済的な影響も引き起こしている。米シンクタンクのアトランティック・カウンシルの報告書によれば、米国で20年には猛暑による生産力低下が1000億ドルの経済損失につながった。50年までにその影響は年間5000億ドルまで上り、死者数も年間6万人近くになる可能性があると分析している。
農業や工事の労働者などが屋外で働くのに危険な温度になれば、頻繁に休憩をとる必要が出てくるほか、作業の継続自体が難しくなる場合もある。生産性はどうしても低下せざるを得ない。アトランティック・カウンシルの猛暑イニシアチブの副ディレクターのオーウェン・ガウ氏は「工場や工事現場などで業務中の事故が増えるという研究結果も出ている」と指摘する。
人体への影響も大きい。米疾病対策センター(CDC)によれば、23年には猛暑関連の死者数が過去最高の2300人以上に上った。5月末までの推計によれば、24年の死者数はすでに41人に上っている。
さらにヒートドームの影響を「格差の拡大」(ガウ氏)が助長しかねない。人命に危険をさらすような気温になれば、エアコンを購入できるかできないかで生と死が決まってしまう。暑さは肝臓病や心臓病、ストレス増加によるうつ病などの問題を悪化させる恐れもあるという。
米国だけではない。NOAAによれば、23年の世界の気温は観測史上最も暑い年だった。24年も観測史上最高となる可能性は60%以上とみている。今年5月の世界平均気温は、15.98度とこれまで最高だった20年の記録を0.18度上回り、過去175年の観測史上、もっとも暑い5月になったと発表した。
欧州や南米、アジアも厳しい熱波に見舞われた。サウジアラビアでは14〜19日のイスラム教最大の聖地サウジ西部メッカで行われた大巡礼(ハッジ)期間中に参加者が約1300人死亡。メッカでは17日に最高気温51.8度が記録され、多くは酷暑による熱中症が死因だったとみられる。
ギリシャでは12日、観測史上最も早い時期に38度以上の日が3日以上続く熱波が発生し、首都アテネにある世界遺産のアクロポリス遺跡が一時閉鎖された。メキシコでは今年の熱波で125人が死亡している。野生動物も被害に遭い、熱帯雨林でホエザルが熱中症で5月上旬から下旬までの期間で少なくとも150匹が木から落ちて死んでいる。
6月1日まで総選挙が実施されていたインドでも熱波が発生。首都ニューデリの一部では気温が49度と観測史上最高の暑さを記録したほか、複数の投票所で係員が数十人死亡するケースがあり、選挙にも影響を及ぼした。