テクノ新世 国家サバイバル(1)

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台湾、有事に「デジタル遷都」
 ウクライナでも切り札に

Source: Nikkei Online, 2023年12月18日 2:00

戦火に揺れるウクライナ=写真左=がデータ避難に使った「スノーボール」の実機=同右

【この記事のポイント】
・現代では有事に避難すべき国家財産の筆頭は「データ」
・台湾にデジタル遷都の可能性を示したのはウクライナ
・特定企業に依存しすぎて国家が振り回されるリスクも

国家が地球規模の危機に直面している。大戦後の安全保障の枠組みが揺らぎ、気候変動は国民の安全を脅かすほど深刻になった。動乱の時代に、国の存続を左右するのはテクノロジーだ。持てる国が持たざる国を凌駕(りょうが)する生存競争が始まった。

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202X年Y月。台湾西部の海岸からひそかに上陸した中国の特殊部隊員が向かうのは、およそ550カ所ある海底ケーブルの陸揚げ局などの重要通信インフラだ。

人民解放軍はこの日に備え、台湾に30万件ある攻撃候補を入念に調べてきた。台湾と世界を結ぶ12本の海底ケーブルを切断するだけでなく、8万カ所の携帯基地局のうち広範囲に電波を出す大型基地局を選び破壊する。

一連の破壊工作の後には、ミサイルがデータセンターを直撃。180超あるラジオ・テレビの電波設備も破壊され、基盤データや通信網だけでなく、国民との連絡手段まで失った台湾は侵攻初期に機能停止する――。

米ランド研究所は7月の報告書で、中国による台湾侵攻のシナリオを分析した。有事に統治機能をどう維持するのか。台湾当局が出した答えは「デジタル遷都」だ。

行政機能を維持

11月に台湾の行政院(内閣)が閣議決定した24年の予算案に、台湾の命運を握る約70億円規模の項目が盛り込まれた。

台湾は24年から3年かけて、税や健康・医療、住民情報などの基盤データを複数の友好国のデータセンターに分散保存する。台湾本土が攻撃されても行政機能をデジタル空間で維持する。

英国とルクセンブルクの衛星通信2社と契約し、ネット接続も確保。友好国に台湾用の通信拠点3カ所を設置する。「有事になればデータを集めて暗号を解除し行政機能を継続する」(台湾デジタル省の李懐仁次官)

主権はデータに宿る。台湾に可能性を示したのはウクライナだった。

ロシアの侵攻が始まった22年2月24日のロンドン。プリスタイコ駐英ウクライナ大使は面会者とともに1枚のメモを見つめていた。住民記録、固定資産台帳、納税情報、犯罪情報。ペン書きのメモはウクライナの基盤データの「国外退避リスト」だった。

メモを手にした面会者、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)公共部門のリアム・マクスウェル氏はすぐに動いた。

26日にアマゾン関係者がスーツケース大の専用機器「スノーボール」をウクライナに持ち込み、最優先のデータの国外避難を開始した。ウクライナのデータセンターや通信設備に2発のミサイルが着弾したのはその直後だった。

第2次世界大戦で英国やフランスは中央銀行の金塊をカナダに移し、ドイツによる占領や戦後の再起に備えた。現代では避難すべき国家財産の筆頭がデータだ。国民の基盤データさえあれば、領土を失っても再建できる。

大使館級の扱い

欧州随一のデジタル国家、エストニアも動く。米IT(情報技術)企業の力も借り、ルクセンブルクに政府データをバックアップするデータセンター「データ大使館」を設置した。

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「データセンターの敷地は『不可侵』とする」。17年に両国はデータセンターを大使館並みに扱う覚書を結んだ。21年にはモナコもルクセンブルクに「大使館」を置いた。

ただ特定企業に依存しすぎるリスクもある。

米起業家イーロン・マスク氏は9月、衛星通信サービス「スターリンク」へのウクライナの接続要請を自身の判断で拒否したと明かした。一方でマスク氏は10月、ネットが遮断されたパレスチナ自治区ガザにスターリンクを供与しようとして、イスラエル政府の猛抗議を受けた。

技術を自ら御しきれないと、国家は振り回される。エストニアのカリユライド元大統領は、政府自身の力で「地に足のついた対策をとることが重要だ」と説く。

欧州連合(EU)執行機関の欧州委員会は3月、欧州企業と「欧州版スターリンク」を整備する計画を始動した。ブルトン欧州委員(域内市場担当)は「欧州が『主権』を持つ衛星の実現に向けた一歩だ」と強調する。

かつてない危機の時代を生き抜くのは、最新技術を取り込んで使いこなす陣営だけだ。「テクノ新世」第3部はテクノロジーを巡る国家と個人のサバイバルを追う。