Source: Nikkei Online, 2023年12月19日 2:00
独裁国家の「鎖国」を破る――。金正恩(キム・ジョンウン)指導部の統制に立ち向かうホワイトハッカー(正義のハッカー)集団が北朝鮮にいる。
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「携帯電話の盗聴を知り、恐ろしさで亡命を決意した」。平壌を離れ韓国へ逃亡した40代男性は語る。当局に隠れて韓国映画を入手、配布したとして投獄されたという。
北朝鮮のスマホは国内の閉鎖的なネットワークにしかつながらない。無許可のアプリや動画も使えない。定期的にスクリーンショットが撮られ、何を見ているのか当局に筒抜けだ。
逃亡した男性のような人々を助けるため、北朝鮮のハッカーはスマホの改造をひそかに請け負う。監視を逃れる「脱獄(ジェイルブレーク)」と呼ぶ技術だ。
米シンクタンク、スティムソン・センターのマーティン・ウィリアムズ上級研究員らが2022年4月の報告書で実態を明らかにした。ハッカーは国内エリート校の学生や、国外に出稼ぎしたIT(情報技術)技術者たち。「報道や娯楽への自由なアクセスは既存の政権を打倒する可能性が高い」(ウィリアムズ氏)
国民を情報から遮断するのは専制国家の常とう手段だ。オランダ企業サーフシャークの調査では、23年1〜6月に中国やイランなど世界で計23億5千万人が情報アクセスを制限された。
検閲をかいくぐるため、世界中で使われている無償ソフトが「VPN Gate」だ。過去10年間の利用回数は237カ国・地域で計160億回。ウクライナ侵攻後1カ月でロシアの利用者が8倍に増えた。
実は日本を代表するハッカーの登大遊氏(39、情報処理推進機構サイバー技術研究室長)が開発した。まだ10代だった筑波大の学生時代に前身のソフトを発表。当時、経済産業省は公開停止を命じた。企業や政府へのサイバー攻撃に悪用される恐れがあったからだ。
登氏は諦めずにソフトの改良を重ね、不正利用を防ぐ方法も丁寧に説明し、再公開を果たした。そのうちソフトが検閲回避に使えるとの評判が広がり、世界からアクセスが相次いだ。
ある日、登氏は中国の国家的なネット監視システム「金盾工程」が、中国から筑波大への接続を遮断していることに気付いた。「技術に壁をつくるなら、さらなる技術で上回る」と発奮。1年かけて壁に穴を開けることに成功した。
中国側との攻防を続ける過程で、思わぬ副産物が生まれた。新型コロナウイルス流行下、在宅勤務の普及を支えたNTT東日本の「シン・テレワークシステム」だ。セキュリティーの壁を越え、職場と自宅を安全につないで通信する。20年4月に運用を始め、いまや利用者40万人のインフラに育った。
「好きにさせてくれた筑波大や今の職場があったから成果を出せた」と登氏。ソフトの公開停止要請にも負けず、価値を訴え続けたからこそ新たな応用が広がった。NTT東日本も「特殊局員」という肩書を登氏のために用意し、システム開発を任せた。
日本のインターネットの父と称される慶応大の村井純教授は「国や社会を変えるには技術者のオープンで自由な試行錯誤の場が必要だ」と語る。専制国家が統制のもとで資源と人材を大量投下すれば、一時的には優位に立てても、イノベーションの土壌は失われる。
グーグルのウェブ検索や知人とつながるメタの技術は、誰にも制約されない学生たちのチャレンジから生まれた。自由が育む異能たちが世界を変える。