テクノ新世 国家サバイバル(4)

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「シリコンの盾」攻める中国
 陣取りから「人取り」合戦

Source: Nikkei Online, 2023年12月21日 5:20更新

中国は韓台の半導体技術を渇望している(韓国サムスンの半導体工場)

この記事のポイント
・年俸は2倍、成功報酬も多額
・人材は国家安全保障の要衝
・「知」の奪い合いが国家間競争に

「年俸は2倍、成功報酬も多額だった」。韓国サムスン電子から中国メーカーに転職した50代の技術者は打ち明ける。かつて日本の電機大手から技術を吸い上げた韓国企業が、今は中国企業に技術を奪われる立場だ。

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米国の規制に阻まれ、半導体技術を渇望する中国。韓国や台湾から技術者を引き抜き、先端半導体の国産化を急ぐ。

出入国を管理

韓国検察は2023年5月、サムスン元常務を逮捕した。元常務はサムスンの半導体工場の図面情報を不正に持ち出し、中国の資金で工場を建設しようとした疑いがある。 200人ほどの韓国人技術者を採用し用地も確保していたという。

こうした技術流出は氷山の一角だ。韓国検察庁によると、産業技術保護法の違反案件と認知された件数は22年に33件と前年の2倍超。 装置や材料メーカーからの転職も後を絶たない。

韓国検察は技術流出に目を光らせる(水原地検の起訴会見、6月)=聯合

米中の半導体衝突が激化するなか、人材は国家安全保障の要衝となる。韓国政府は半導体や電池、有機ELパネルなどの12の産業分野で技術者のデータベースを構築して出入国を管理し始めた。中国企業への転職や技術流出を阻止する。

中国が食指を動かすのは韓国だけではない。

台湾の法務部(法務省)調査局は22年、半導体関連の人材を獲得しようとした疑いで台湾内の中国関連企業8社を捜索した。中国は台湾を自国の一部とみなし、統一のためには武力行使の可能性を排除していない。台湾が中国にあらがう手立てとするのが半導体製造技術だ。

台湾の最先端半導体は世界のIT(情報技術)供給網の生命線となっている。危機が迫れば米国など世界が黙ってはいない。これが中国に攻撃をためらわせる「シリコンの盾」となる。

台湾当局は12月5日、22年に新設した「経済スパイ罪」の第1弾の対象技術に先端半導体など5分野22項目を指定した。中国などのスパイ行為を防ぐため、中核技術を持ち出す行為に最高12年の懲役を科す。

知的財産保護に詳しい台北大学の陳彦良教授は中国の動きについて「かつては半導体工場のチームを丸ごと引き抜くようなやり方が目立ったが、近年は台湾に採用目的のダミー会社を置き、必要な技術者を個別にスカウトするようになった。水面下の動きで全容を把握しづらい」と警戒する。

領土の奪い合いが国力を決定づけたのは過去の話。いまや研究人材や起業家ら「知」の奪い合いが国家間の新たな戦争となる。

サウジアラビアの賭け

大地に連なる巨大なビルで900万人を収容する(完成予想図)

その合戦に、中東の盟主サウジアラビアが名乗りをあげた。石油マネーの行く末に不安を抱く同国は、イノベーション立国への転換をはかり、頭脳人材を世界中からかき集める。集積地として、超大型のビル型都市「THE LINE」の建設を始めた。

高さ500メートル、長さ170キロメートルに及ぶ巨大な構造物で、砂漠を横切り山岳地帯から海までそびえ立つ。敷地面積は東京の2%ほど。そこに900万人を集めるという型破りな構想だ。人口3220万人のサウジにとって「新しい文明の創造になる」とムハンマド皇太子は訴える。計画全体の総工費は5000億ドル(約70兆円)にのぼる。

「早くも移住に前向きな研究者が現れた」とサウジ国内の大学関係者は明かす。次に引き抜きのターゲットとなるのは海外の頭脳だ。サウジは22年から米欧、東京を含むアジアの主要都市を巡ってイベントを開き、投資を呼び掛けた。

化石燃料の次は頭脳人材という資源が国の浮沈を握る。新たな国家間競争に乗り遅れては生き残れない。