テクノ新世 国家サバイバル(5)

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沈むモルディブに水上都市
 気候難民、始まった大移動

Source: Nikkei Online, 2023年12月22日 2:00

その家は想像より快適だった。モルディブが計画する「水上都市」のモデルハウスだ。首都マレからボートで5分。絵本から抜け出したように鮮やかな緑色のドアをくぐると、海風が抜ける広々としたリビングがある。波の揺れはほとんど気にならない。

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気候変動により、2050年にも大半が海にのみ込まれる島国モルディブ。全人口50万人が「気候難民」となる現実を前に、移住計画が進む。

秘策が世界最大級の水上都市だ。モデルハウスと同型の住居をハチの巣状に組み合わせる。海底とは伸縮する柱でつながり、海面が上昇しても沈まない。3年後に入居を始め、28年には4万〜5万人が住む街がサンゴ礁の上に浮かぶ。

「100%化石燃料を使用しない」と開発企業モルディブ・フローティング・シティのイブラヒム・リヤズ氏は話す。電気は屋上の太陽光パネルや潮流を利用した発電でまかなう。空調には海からくみ上げた冷たい水を使い、飲料水や生活用水も海水を濾過(ろか)する。

大量のエネルギーと資源を使う従来型の開発が地球温暖化を招いた。その反省に立った設計思想が根底にある。

モルディブの人工島フルマーレの沖合に浮かぶ海上住宅=遠藤啓生撮影

技術協力をしたのはオランダの民間企業だ。モルディブのナシード元大統領が働きかけ、10年以上前から計画を練ってきた。

国土の4分の1が海抜ゼロメートル以下のオランダは、古くから治水技術が発達し、浮体式の水上住宅に取り組んできた。多くの運河などに浮かぶ水上住宅は1万戸にのぼる。いまやオフィスや農場も水上にある。

「我々は水との関係を再定義すべきだ」と水上住宅設計会社Blue21の共同創業者ルトガー・デ・グラーフ氏は強調する。水と戦うのではなく、水と共生する。浮体式住宅は水面の上下に適応し、地震や津波、洪水にも強いという。

水没が迫るのはもはや一部の国にとどまらない。国連安全保障理事会は2月、国際紛争ではなく海面上昇を初めて議題にした。「あらゆる大陸の大都市が深刻な影響に直面する」。グテレス事務総長はニューヨークやロンドン、上海などを挙げて警告した。

さらに温暖化は山火事やハリケーン、異常な熱波も引き起こし、人間が安心して住める土地を狭めつつある。豪シンクタンクの経済平和研究所は「50年までに12億人が避難生活を余儀なくされる」と予測する。

「今後数十年で国境や大陸を越えた避難民を目の当たりにするだろう」と英科学ジャーナリストのガイア・ヴィンス氏は訴える。温暖化が進むと、地球上で最も人口が多いアジアや米国、南欧などが砂漠化する。生存可能な土地を求め、人々はシベリアやカナダなど高緯度地域に逃れる――。

だが「解決策はすでに手の届くところにある」とヴィンス氏は指摘する。技術的には植物由来の代替肉や温暖化に強い遺伝子組み換え植物により、耕作地の減少や食料難に対応できる。暑くて住むのが困難な土地に大型の太陽光発電所をつくり、遠くの街へ電力を送る超電導送電技術も進む。

脱出は静かに始まっている。沈みゆく太平洋の島国ツバルは11月、移住を後押しする協定をオーストラリアと結んだ。豪政府はツバル国民に対して、豪州での居住や就業、就学を認める。「尊厳をもった移住を可能にする」。両国の共同声明はこう記す。

政治や言語、文化の違いを乗り越え、ともに暮らせるか。地球規模で共生をはかる知恵が必要になる。