Source: Nikkei Online, 2023/5/24~2023/6/07
嘆き、ざわめき、愛の告白。音はなくとも目をこらせば、美術の中に様々な人の声が響いている。
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日本美術の古層から、慟哭(どうこく)する人の声がきこえる。法隆寺五重塔初層の四面(東西南北)には、和銅4年(711年)に制作された塑像群がある。これは塑壁(そへき)と呼ばれる、粘土で自然景や仏菩薩像を表した仏堂空間の荘厳(しょうごん)で、唐時代に流行し、日本へも7世紀半ばにはもたらされた。塑像はもろく残りにくいため、ほぼ完全な形をとどめる塔本塑像は世界的にも貴重。
北面には、仏涅槃(ねはん)が表されている。入滅した釈迦を取り囲む仏弟子たちが天を仰ぎ、胸を叩き、そして声を振り絞って嘆き悲しむ。二度と会えない師を悼み、この世に取り残される心細さに打ちひしがれる弟子たちは、やがて釈迦の教えを口承で伝え仏教の源流をかたちづくる集団となった。
釈迦入滅からおよそ千年の時を経て仏教は日本にも到来し、心礎(心柱の礎石)に仏舎利を納めた五重塔は、そのシンボルとして今も斑鳩の地にそびえている。静謐(せいひつ)な伽藍(がらん)の中心で、仏法伝播(でんぱ)の始まりを告げる大音声の慟哭が、塔全体を震わせ天を衝(つ)く。(711年、塑像、高さ40.4センチ、法隆寺蔵)