Return to List

声がきこえる(10)髙島野十郎「蝋燭」

早稲田大学教授 山本聡美

Source: Nikkei Online, 2023/5/24~2023/6/07

髙島野十郎(1890〜1975年)は、生涯ひたすらに絵を描き、写実を追求した。絵は独学で、画壇とも交わらず、無名のまま没した。作品の評価が高まり展覧会やメディアを通じて広く世に知られるようになったのは、20世紀も終わりに近づいた頃である。

蝋燭(ろうそく)の絵を、若い頃から繰り返し描いている。現存するのは全て小品で、個展にも出品せず、親しい人や世話になった相手に贈っていたそうだ。

ゆらめく炎によってかえって深まる闇が、見る者に沈黙を促す。神仏や死者に手向ける献灯、あるいは想念を手繰り寄せる依り代のようでもあり、蝋燭の周囲を静寂が包み込んでいる。

野十郎は、禅や真言密教にも深い関心を寄せており、特に空海の「十住心論」を座右の書とした。同書は悟りに到達するまでの心の発展を10段階で示すもので、その随所で、対象を徹底的に観察し真の姿の理解を目指す、観想(かんそう)という方法が用いられている。これは座禅にも通じ、野十郎にとって見ること、描くことは、彼が追い求める真理に到達するための営為であった。遺(のこ)された絵を前に、私はただ黙してその炎を見つめる。(大正時代、油彩、板、22.7×15.6センチ、福岡県立美術館蔵)