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声がきこえる(4)「伴大納言絵巻」(部分)

早稲田大学教授 山本聡美

Source: Nikkei Online, 2023/5/24~2023/6/07

噂とは恐ろしいものである。平安時代末期に、後白河上皇の注文で制作されたとみられる「伴大納言絵巻」には、制御できない流言の怖さが描かれている。

貞観8年(866年)、内裏の応天門が焼けた。責めを負って流罪となったのが、大納言の地位にあった伴善男(とものよしお)である。藤原摂関家による他氏排斥の犠牲者とも見なされるが、中世初頭には「放火の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を左大臣源信(みなもとのまこと)に着せようとして自ら失脚した大罪人」という説話が成立した。この絵巻にも悪人としての善男が登場する。

ここに掲げたのは、善男の悪事が、噂話として人から人に伝わる場面。詞書(ことばがき)には「里隣の人市をなして聞きければ、いかに言ふことにかあらむと思ひて、あるいは妻子に語り、次々語り散らして、言ひ騒ぎければ、世に広ごりて公まで聞こしめして」と、噂が次々に伝達され、最後には朝廷の知るところとなったと記される。

画面中央には、大声を上げて善男の悪事を暴露する、放火の目撃者とその妻。大物政治家のスキャンダルに耳をそばだて、噂話に興じる人々が彼らを取り巻く。(12世紀、紙本着色、全3巻、31.5×839.5〜931.7センチ、出光美術館蔵)