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声がきこえる(8)「六道絵」のうち「閻魔王庁」(部分)

早稲田大学教授 山本聡美

Source: Nikkei Online, 2023/5/24~2023/6/07

法廷に呵責(かしゃく)の声が響き渡る。13世紀後半の制作とみられる「六道絵」全15幅には、迷いの世界である六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)、念仏の功徳、そして閻魔王による死後の裁きがパノラミックに描かれている。そのうち、ここに掲げた閻魔王庁幅が中尊としての役割を担う。

生前の行いによって来世が決まると信じられていた時代に、善悪行の公正な裁きは、来世のためだけでなく、現世を生きる上でも切実な問題であった。本作には、裁きの公正さを保証するいくつものモチーフが描かれている。

罪を映す業鏡(ごうきょう)は現代の私たちにもおなじみであろう。宮殿内に座り、木札(もくさつ)と筆を持つ司命(しめい)は善行を勧める神、巻子と筆を持つ司録(しろく)は行いを記録する神で、人間の一生に付き従う。

宮殿の前庭には、棒の先頭に憤怒形と菩薩(ぼさつ)形の頭部が付いた人頭幢(にんずどう)が立つ。これらも善悪を糾(ただ)す役割を担う。憤怒形の口からは火焰が放たれ、業鏡越しに罪深い亡者を射抜く。菩薩形の口元からは金の光や蓮華(れんげ)の花びらが放たれ、直下にひざまずく善行を積んだ男に降りそそいでいる。

閻魔王は単なる断罪の尊格ではなく、人の善悪を見極め、生死輪廻(りんね)の秩序を維持する正義の監察者としての役割が期待されていた。(13世紀、絹本着色、縦155.5×68センチ、聖衆来迎寺蔵)