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秋さやけく(2)速水御舟「菊花図」

滋賀県立美術館主任学芸員 田野葉月

Source: Nikkei Online, 2023年9月26日 2:00

右隻

左隻

山上憶良が万葉集に詠んだ秋の七草は、粥(かゆ)として食す春とは異なり、鑑賞を目的とする草花だ。枯れゆく風情が無常観と結びつき、秋草にもののあはれを託すのだろうか。琳派がよく秋の草花を描いてきた。本作は咲き誇る菊を、盛りを過ぎた葉や花と並置することで、かえって生命のはかなさを連想させる。

速水御舟は大正期の京都滞在時に作風を細密描写に変え、明治時代の西欧化をいったんリセットしようと試みているようだ。本作のために菊園で観察を重ねたことが写生帳からわかる。その克明な鉛筆のタッチ、本作の墨による花弁の輪郭線に感じられるのは写実を徹底しようとする意欲だ。だが写実主義以上に本作の印象を深めているのは、琳派が行うような構図の理想化である。種類ごとの菊がリズミカルに広がり、花同士は重ならないように平面構成とした。

本作は前年に描き溜(た)めた写生を基に、東京で仕上げて再興院展へ出品。推敲(すいこう)にかけた時間が、技術としての細密描写から、構図の様式化を経て、花の命の神秘性を表出するまでに至らしめている。
(1921年、紙本著色、四曲一双、各93.8×182.4センチ、個人蔵〈滋賀県立美術館寄託〉)