Source: Nikkei Online, 2023年9月28日 2:00
平安時代、太陰太陽暦の8月15日に十五夜の月を鑑賞する慣習を遣唐使がもたらすと、宮中では管弦を奏でて観月の宴を催すようになる。本作は琴の音を頼りに小督局(こごうのつぼね)を探し出す「平家物語」が題材だ。小督は高倉天皇の寵愛(ちょうあい)を受けるが、皇后の父である平清盛を恐れて嵯峨野へ身を隠した。高倉帝の命を受けた源仲国が、中秋の名月の今宵(こよい)は小督が琴を弾くとの予想をもとに訪ねると、澄み渡った秋の空気に夫を恋い慕う曲「想夫恋」が聞こえてくる。
寺崎広業(こうぎょう)は東京美術学校の意匠研究会に参加し、新しい日本画を試みる。日本美術院成員として、その連合展覧会に出品した本作は一等金牌を受賞した。
当時、文学者の高山樗牛(ちょぎゅう)が月光の青色は静かな感情を示し、例えば物思いに沈む女性を表すと主張した。感情を色調で表すという発想は斬新であった。本作は月光と室内の灯火具の灯(あか)りを色味の異なる金色で塗り分けている。月を描かず光が当たる部分に青味の金を用い、灯りに浮かび上がる顔と対比させる。小督の思慕の情が見所で、光線と色調によって、将来へ思いを巡らせる姿を描こうとした作品である。
(1901年、絹本著色、軸装、174.0×85.6センチ、島根県立美術館蔵)