Source: Nikkei Online, 2023年9月29日 2:00
本作は江戸時代中期初演の浄瑠璃「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」に登場する、白狐(びゃっこ)が女性「葛(くず)の葉」に化身し、はるばる訪ねて来た我が子と別れを交わす姿を描く。陰陽師の安倍晴明の出生譚(たん)と母子の情愛を描くこの場面は歌舞伎化されて人気を博した。薄(すすき)や桔梗(ききょう)が咲き乱れる秋の景は、別れの悲哀を表す。風に吹かれて見せる白い葉裏の印象から裏見草とも呼ばれる葛の葉は、恨み(別れの悲しみ)と掛ける。葉の異なる二面性を狐(きつね)の化身にも重ねて、葛は象徴的モチーフとして用いられている。
山川秀峰は鏑木清方に師事し、伊東深水、寺島紫明とともに三羽烏(がらす)の一人。門下に美人画家は多いが、秀峰が師の画風を最も受け継ぐと評される。当時の清方は風俗画の概念で美人画をとらえ直そうと、広く社会に受容される作品を推進していた。
秀峰は本作でその意向を反映し、官展で特選を受賞。人々になじみ深い歌舞伎に題材を求めたのも師への共感からだろう。着物の柄に葛の葉と冬でも落葉しない縁起木の柏葉を用いることで、白狐の神性や秋景が連想させる愁(うれ)いという観念的なものを表現した。
(1928年、絹本著色、二曲一隻、234×222センチ、培広庵コレクション蔵)