Source: Nikkei Online, 2023年10月2日 2:00
上村松園は40歳前から謡曲を習い、能の題材を生かすようになる。本作がその早い例で、仕舞を始めようと立ち上がった娘を描く。白い山茶花(さざんか)の髪飾りに指輪のモダンな装いと、文金高島田を結った裾模様の菊が愛らしい振袖(ふりそで)姿は、松園好みの明治時代の令嬢風俗だ。囃子(はやし)方が渋い色合いの萩(はぎ)や紅葉柄の内儀風俗。季節を先取りした装いや稽古事に勤(いそ)しむ様子が、秋の日の一コマに臨場感を添える。松園ならではの見どころは、グラデーションを生かした明るい色感効果や、寛(くつろ)いだ姿の年増の群像に対し、娘の緊張した面持ちであろう。
本作は官展に出品して二等賞を受賞。当時は出品数における女性像の割合が多く、翌年に「美人画室」が設けられたほどだ。波紋を呼んだこの措置が、卑俗なイメージを積極的に展示し、美人画家として女性画家を持て囃(はや)す優遇策と批判された。
この部屋に陳列されなかった松園が、卑俗と不評の美人画と自らを差別化する。松園は写生を行いつつ古典の品格に倣(なら)い、徳川中期以降の古画に表れたポーズを基にし、謡曲の女性像を参照し芸術性を高めようとした。
(1914年、絹本著色、二曲一隻、170.0×202.0センチ、京都国立近代美術館蔵)