Source: Nikkei Online, 2023年10月17日 2:00
万博の世紀とも呼ばれる19〜20世紀において、最も華やかで大規模に行われた万博のひとつ1900年パリ万国博覧会。本作は、この博覧会に十二代西村總左衛門(そうざえもん)名義で出品して大賞を受賞し、下絵を提供した今尾景年も協賛で銀牌(ぎんぱい)を受賞した、日本にとっても記念碑的作品である。
刺繍(ししゅう)を担ったのは渡辺傳吉(でんきち)。これだけの大画面を繍(ぬ)い表すには不釣り合いともいえる大変細い糸を使い、空の濃淡、澄み渡る水の表情、水鳥と芦(あし)の様子などが針目を惜しまず、たおやかに繍い表されている総刺繍の逸品だ。
水面下の世界には、白鳥の脚や魚を捕まえようと潜る水鳥、水底の小石までもが、うっすらと透けて見える。平糸と撚糸(よりいと)を使い分け、光の反射すらも計算して制作された、触感すらも想像させる羽の表現も見事である。
一般に分業制を取る工芸は、純粋美術である絵画や彫刻より格下に見られやすい傾向にあったが、本作は作品の方向性を決める商人と、芸術的な画面を担保する絵師、そして刺繍を担う職人の三者協働によって初めて成立し得る大変素晴らしい作品であるといえる。
(明治32年、184.5×230センチ、皇居三の丸尚蔵館収蔵)