Source: Nikkei Online, 2023年10月18日 2:00
激しい抵抗のすえ力尽きたとおぼしき鸚鵡(おうむ)と、獲物を咥(くわ)えゆうゆうと歩を進める豹(ひょう)。まさに捕食者と獲物、自然界の摂理を感じさせる場面が針と糸で繍(ぬ)い表されている作品である。
発色も鮮やかな鸚鵡の羽は乱れ、毛羽(けば)立っている。力なく閉じた目は、鸚鵡の命が消えゆかんとすることを想像させる。対する豹は艶やかな毛並みを保ち一寸の乱れも感じさせない。その対比を本物そっくりの質感で表現できる刺繍(ししゅう)が効果的に用いられた逸品である。
本作も西洋からの里帰り作品であるが、西洋において好まれた図案の一つに動物画がある。もともと西洋画の画題として狩猟や動物は馴染(なじ)みが深く、当地において部屋を彩る刺繍の額面として受け入れやすいものであった。輸出刺繍の黎明(れいめい)期には、西洋の商人自らが油彩画を持ち込み、それを下絵とした刺繍額面を依頼するということも行われていた。
獅子、豹、虎といった肉食獣、そして鷹(たか)や鷲(わし)などの猛禽(もうきん)類は西洋馴染(なじ)みの図案で、かつ日本の技術で特別に繍われているというところに、動物画を画題とする刺繍の人気の秘密があったようである。
(明治〜大正時代、69.5×89.2センチ、清水三年坂美術館蔵)