温暖化で病原体に耐熱性 ヒトの「体温の盾」砕き感染

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地球の温暖化が生物の存在を揺るがそうとしている。生態系の均衡が崩れるばかりか、気温が限界を超えるだけで生物のあるべき姿すら一変してしまう。人類も例外ではない。これまでの暮らしや文化の存亡にもかかわってくる。


山火事の多発は温暖化の影響を示唆している
(米カリフォルニア州)=AP

豪雨が街を襲い、山火事が木々を焼き尽くす。異常気象を伝えるニュースが世界を駆け巡る。「このままでは人類が危うい」。米ジョンズ・ホプキンス大学のアルトゥーロ・カサデバル博士はいう。恐れているのは異常気象だけではない。この免疫学者にとって怖いのは「気温上昇に耐えたウイルスなどの病原体がヒトの防御機構をかいくぐるようになる」ことだ。

ヒトをはじめとする哺乳類や鳥類などは、一定の体温を維持して自然界にいる病原体から身を守っている。ヒトでは自然環境よりも高い体温が微生物やウイルスなどの増殖を阻むという。体温は皮膚や免疫反応と並ぶ防御の盾だ。

ところが2009年に日本で報告があった真菌「カンジダ・アウリス」が他の近い種よりも高い温度で増殖できるとわかった。

真菌は100万種以上いるとされるが、ほとんどがヒトの体温よりも低い温度で暮らす。アフリカや南米でも日本と同時期にこの真菌による感染症が見つかった。重症になると敗血症などで死に至る。

遺伝子解析などから、カサデバル博士は「1カ所から人の往来で広がったとは考えにくい。温暖化によって生み出された可能性が高い」と結論づけた。

「体温の盾」を破る恐れのある真菌が出現したとの仮説に対して「生物は自然環境にいる病原体を体温だけで防いでいるわけではない」という意見もある。侵入を許したとしても、発熱というさらなる防御機構によって病原体の増殖速度を抑えこめる。

それでもカサデバル博士は防御にほころびが出るリスクは無視できないと語る。温暖化で暑い日々が当たり前になれば「体温の盾はやがて壊れ始める」。

最悪のシナリオはこうだ。高温で生き残った「耐熱性」の病原体は、苦手としていたヒトの体温をやりすごせる。今はヒトの体温よりも低い温度の爬虫(はちゅう)類や昆虫などの体にいる病原体も、ヒトの体にやすやすと乗り移れるようになる。

世界保健機関(WHO)は30~50年に気候変動によって年間の死亡者が約25万人増えるという予測を示す。熱中症や作物の不作による栄養失調、病原体を媒介する蚊の生息域と活動期間の拡大に伴うマラリア患者の増加が主な原因だという。耐熱性をもつ病原体の出現は、現在もある感染症の増加とは別の問題をはらむ。現実となれば、新たな感染症との戦いを余儀なくされる。


気温上昇とともに蚊の生息地域が広がり、
媒介する感染症が脅威となる=米疾病対策センター提供

地球の平均気温は産業革命前に比べて既に約1度上がっている。温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は気温の上昇をできるだけ1.5度以下に抑える目標を掲げるが、1.5度に達する時期が21~40年と従来想定より10年も早くなるとの分析を国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表している。

体温の盾がヒトという生物をヒトたらしめているとしたら、温暖化はヒトのありようを変えるよう迫っている。

しかしヒトの急速な進化は望み薄だ。「微生物やウイルスは世代交代が速く、温暖化とともに高温に合うように進化しやすい。同じようにヒトの体温が急速に上がるとは思えない」(カサデバル博士)

一方、1~2度の違いでヒトの行動は影響を受けるようだ。英インペリアル・カレッジ・ロンドンと米コロンビア大学などは温暖化に伴う異常に暖かい日が交通事故や溺死、暴行などの負傷による死亡者の増加を招く可能性を論文で発表した。熱中症や感染症以外でも命を落とす人が増えるかもしれないという。

1980~2017年に米国本土での負傷による死者数と毎月の気温の関係を分析し、一定の法則を見つけた。計算上は気温が産業革命前から1.5度上がると、米国本土で負傷が原因の年間死者数は約1600人増える。2度上昇すると約2100人多くなる。

論文では、気温が高いと「車を使う人が増えて交通量が増加する」「飲酒量も増えて運転に支障を来す」とし、事故につながりやすい条件が加わると分析した。「暑くなるとストレスがたまって暴行が増える」とも指摘した。

コロンビア大のロビー・M・パークス博士は「気候変動と人類の健康を結びつけるとき、これまでは感染症や熱中症などの病気との関連について考えられてきた。気温の上昇と負傷の増加についてはあまり理解されてこなかった」と話す。

ヒトが感染症に翻弄され、理性までもが惑わされるとする研究に異論はあるだろうが、ヒトの生存を脅かすだけでなくヒトのありようまで変えてしまう恐れこそが温暖化の怖さだ。

(下野谷涼子)