欧州の「正常化」は2022年か 長期戦の覚悟

ソーシャルディスタンスは常識になった
(2メートル離れるように呼びかけるロンドン市内の掲示)

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、日本でも外出自粛の「ステイホーム」が始まった。だが、短期間の我慢ですべてが元通りになるわけではない。一足先に外出制限に踏み切り、一部で経済活動を再開し始めた欧州でも「正常化」は遠い。日常生活が平時モードに戻るのは1~2年後との見方が広がる。日本も長く深いコロナ危機を覚悟する必要がある。

欧州では多くの地域でロックダウン(都市封鎖)が1カ月を超え、ようやく感染ペースが鈍ってきた。オーストリアやドイツに続き、イタリアも近く小売店の営業再開を認める。大半の国が「制限を強める」から「制限を緩める」に軸足を移した。

だが、正常化とみなすべきではない。人と人とが一定距離を保つソーシャルディスタンスはもちろん、店舗は混み合わないように入場制限を課す。ウイルスの脅威にさらされる日常生活はまだまだ続く。

例年なら4~5月の欧州は日が長くなり、開放感に満ちあふれる。職場でも家庭でも夏のバカンスをどこで過ごすのかが話題になる。

コロナで空気は一変した。渡航中止勧告の地域が広がり、リゾート地は実質閉鎖中。欧州連合(EU)は近く空路の再開などを話し合うが問題は山積みだ。「飛行機や列車で乗客は間隔をあけて座るべきか」「地中海や北欧の人気クルーズ船は運航できるのか」「高齢者や妊婦の安全をどう確保するのか」

いつになったら以前のように旅行や移動ができるのか。航空・観光業界の指針となる報告書がある。ドイツ経済エネルギー省の外郭団体が4月23日にまとめた「復活計画」だ。

メインシナリオでは、国内旅行が始まるのがようやく6~8月。しかもマスク装着などの「感染対策を講じたうえでの家族旅行」に限る。国内ですら以前のような状態に戻るのは21年春で、国外旅行にいたっては22年。感染が広がるなどの悲観シナリオだと、時期はさらに1~2年遅れる。

観光大国スペインでは国外から観光客が押し寄せ、感染の第2波となるのを警戒し、当面は国内客に狙いを絞る。

治療薬かワクチンが開発されないと正常化は難しい――。それが欧州政治の共通見解になりつつある。「それまで日常生活は以前と違ったものになる」。ショルツ独財務相は地元メディアを通じ、国民に覚悟を求めた。

日常生活が平時に戻るのはだいぶ先だ
(観光客が消えたローマ)=ロイター

ウイルスは職場も変える。欧州を代表する経済学者のマルチェロ・メッソーリ伊ルイス大学教授は取材に対し、「平時モードに戻るには時間がかかるし、仮に戻っても働き方が変わる。デジタル化が成長を左右し、より効率的に仕事をこなそうとする」と指摘した。欧州企業の多くが外出制限が緩和されても当面はテレワークを続け、出張を伴うような商談や国際会議、見本市などは激減する可能性が高い。

悩ましいのはロックダウンを緩めても経済がV字回復しないことだ。人が移動しないから観光・運輸は大打撃。ウイルスを恐れながらの生活で個人消費の戻りも鈍い。

国内総生産(GDP)の1割を観光関連が占め、感染者も多いイタリアは特に厳しい。長年にわたって伊政府のマクロ経済運営を担ったコドーニョ元伊財務省チーフエコノミストは今年の成長率をマイナス12.8%と試算。来年はプラスに転じるが、落ち込み分を穴埋めできず、「コロナ前の経済レベルを回復するのに3年かかる」とみる。

イタリアは景気を支えるために巨額の財政支援を講じる。経済の崩壊を防ぐために打つべき政策だが、ツケは残る。

「公的債務が21年半ばにGDP比で160%に達し、債務危機が再燃しかねない」とメッソーリ教授は心配する。信用不安を抑えこむため、欧州中央銀行(ECB)が大量の伊国債を買うとの観測が流れるが、それは中銀が国家の信用リスクを抱え込むことを意味する。「日本と同じ状況(ジャパニフィケーション)になるだろう」(コドーニョ氏)との指摘は重い。

7月からEU議長国となるドイツは悩む。脆弱なイタリアを放置すれば、多額の資金をイタリアにつぎ込んでいるフランスの銀行が揺らぐ。そうなれば伊仏の同時危機となりかねない。

メルケル独首相は「パンデミックは終盤でなく、
まだ始まりにすぎない」と語る=ロイター

しかも「苦境にあるイタリアを資金支援すればいいという簡単なものではない」とドイツの与党幹部はこぼす。すでに東欧諸国が「なぜ南欧だけにカネを配り、貧しい東欧を助けないのか」とドイツにねじ込んでいる。

感染がいつ終息するかわからず、移動制限の完全解除に1~2年かかり、経済も難局を迎える。だが欧州は少なくとも長期戦に備える心構えはできつつある。「パンデミック(世界的流行)の終盤ではなく、まだ始まりにすぎない。聞きたくないことかもしれないが、それが真実だ」。メルケル首相は4月23日、連邦議会(下院)で語りかけた。

日本はどうか。きちんとウイルスを検査し、感染の広がりを把握しないと国民の命も経済も守れない。長い闘いはこれからはじまる。