コロナ対策、再び五輪の呪縛か リスク隠さず説明を

Nikkei Online, 2020年12月21日 2:00


 五輪開催による感染拡大リスクをきちんと伝える必要がある
(11月16日、会談を前にIOCのバッハ会長(左)と
グータッチを交わす菅首相)

新型コロナウイルスの秋冬の流行がなかなか収まらず、政府は感染拡大とは関係がないと言い張ってきた「GoToトラベル」事業を全国でいったん停止することにした。専門家からなる新型コロナ感染症対策分科会の再三の要請を、世論におされてようやく受け入れた。

ただ、これで流行がピークアウトすると考えるのは早計だ。トラベル事業の停止そのものでは感染の拡大を縮小に転じさせることは難しいだろう。分科会の尾身茂会長も「若い世代を中心に人の動きが活発になっている。どれだけ行動変容が起きるかにかかっている」と話す。

それにしても今回も政府の対応は後手に回った。感染対策と経済活動の両立をうたうのなら、1カ月早くブレーキをかけるべきだった。トラベル事業の停止が決まった後の霞が関のドタバタぶりを聞くと、「第3波」が来るのを想定していなかったとしか思えない。「第1波」でコロナ対策の初動が大きく遅れたのは半年後に東京五輪を控えていたからとされる。再び、「五輪の呪縛」にとわられているのだろうか。

菅政権は発足以来、どちらかといえば経済を回す方を優先してきた。そのけん引役となったのがGoTo事業である。需要喚起という側面とともに、飲食業や観光業の雇用を守るセーフティーネットでもあった。そして、人の動きを活発にすることで流行がどうなるかをみる、五輪に向けた壮大な社会実験の意味合いもあったようだ。

問題なのはこうしたコロナ対策への姿勢を明確に国民に知らせていないことだ。ある厚生労働省幹部OBは「治療法もわかってきた。高齢者を除けば死亡例もほとんどない。政権が(経済優先に)モードチェンジをしたのなら、それをきちんとアナウンスする必要がある」という。


 政府は「Go To トラベル」を28日から全国一斉に一旦停止する

当初は流行が収まってから、としてきたGoTo事業をなぜ見切り発車し今までかたくなにこだわってきたのか。 感染者数は1日に何人までなら許容するのかなど、肝心な説明を避ける限り、どうしても流行期に入ると、政策がちぐはぐに映る。

それにしてもこの国は危機対応におけるリスクの伝え方が下手である。第1波のとき厚労省クラスター対策班で活躍した西浦博・京都大教授の近著「新型コロナからいのちを守れ!」(中央公論新社)に、いわゆる「西浦の乱」を巡るこんなエピソードが紹介される。

対策をとらなければ死亡者数が最悪42万人になる。4月半ばの被害想定の公表について、厚労省の医務技監から電話で「専門家個人として会見するんだよね」「どっちにしても死亡者数は直接言わないでください」とくぎをさされたという。

西浦教授は結局、重症者数について85万人という具体的な数字に言及、その半分が死亡すると表現した。そして官邸として「公式見解ではない」とコメントしたのが当時官房長官だった菅義偉氏だった。

英米ではワクチンの接種が始まった。従来の医学の常識からみると驚くべき早さだが、パンデミックを抑え込むには相当な時間がかかる。7カ月後に迫った東京五輪までに終息することは、まずありえない。

ある程度の流行を織り込んで開催することになるが、ウイルスが勢力を増すのが確実な「人の移動」はGoTo事業のレベルの比ではない。観客をどのくらい入れるのか。外国人の扱いをどうするのか。その際に国内の感染状況はどう悪化し、医療は守られるのか。いくつものシナリオを想定した上で、そのシミュレーション結果をきちんと国民に知らせるべきである。

危機管理が専門の福田充・日本大学教授はコロナ対策におけるリスクコミュニケーションについて「ゼロリスクを装う、安全の連呼ではだめ。政府はリスクについてもきちんと伝える『両面説得』の手法で国民を納得させなければならない」と指摘する。

(編集委員 矢野寿彦)