Nikkei Online, 2022年5月17日 5:00
新型コロナウイルスのワクチンは一体何回打たなければならないのか。こんな不安や不満を抱く方も多いだろう。「追加の追加」にあたる4回目接種。59歳以下の現役世代や若者・子どもには当面不要になった。オミクロン型のまん延で社会全体の感染を抑え込む切り札とはならず、国は接種の意義を個人の重症化予防に絞り込んだ。
追加接種に使うmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは米ファイザー製にしろ米モデルナ製にしろ、パンデミック(世界的大流行)発生当初に得られたウイルスデータを基にできている。変異型への有効性を考えると、一律での接種をやめるのは妥当な判断といえる。
ワクチンは医薬品とはいえ、その役割は治療薬とは異なる。健康な人に打ち、病気になるのを防ぐ。たとえウイルスに感染したとしても症状がひどくならないようにする。様々な感染症に対し予防接種をするかどうかは国が専門家の意見を踏まえて決めている。
法律上、義務化はできない。コロナのワクチンでは「努力義務」を課しているが、これは国民一人ひとりの健康と同時に社会を守るため、できるだけ接種してほしいという国の強いメッセージでもある。病気を治すため医師が使用の判断を任された治療薬とは根本的に違う。
この2年あまり、世界を揺るがした新型コロナのパンデミック。昨夏の国内流行「第5波」が急速に収まったように、迅速なワクチン接種が感染拡大を阻んできたことは間違いないだろう。ただ、昨秋、感染力が強い一方で病原性の弱いオミクロン型が出現した。そして派生型という細かな変化を続けている。武漢型をベースにつくったワクチンの4回目接種では、以前のような感染そのものを抑える効果は期待できなくなった。
厚生労働省のワクチン分科会は先月27日、4回目接種について重症化リスクが高くなる60歳以上、並びに18歳以上で基礎疾患のある人に限るとした案を了承した。これまでの5歳以上の「全員接種」から方針転換したわけだが、決め手になったのがイスラエルなどの海外先行データだった。
接種の直後には一時的に免疫力の指標となる中和抗体の値があがる。ただ、その持続性は1、2カ月程度しかもたない。いわゆる「ブレイクスルー」と呼ぶ再感染もなくならない。重症化リスクを十分に下げる効果は確認できたが、感染リスク減については期待されたほどでなかった。
そもそもワクチンは減った抗体をその都度、補充するように数カ月あけて頻繁に打つ類いのものでもない。免疫学上、副作用などで「読めないリスク」も大きくなる。感染しても重症化する懸念が小さい現役世代が4回目の対象になるのはやはりおかしい。
4回目接種は今月下旬から始まる。自治体からは「感染リスクが高くこれまでの接種で最優先だった医療従事者が打つ必要はないか」「対象外でも感染を恐れ4回目接種を望む人もいる」との声があがる。ただ、予防接種の原則にたてば、接種目的を感染予防でなく重症化予防に変更したのだから、例外を認めてしまえば混乱を招くだけだ。
今後、議論として浮上してきそうなのが一律接種を前提に大量に確保したワクチンをどう使っていくかという問題だ。政府は米英4社と計8億8200万回分を調達する契約を結んでいる。計算上は1人7回打てることになる。その金額は2兆4000億円にものぼる。緊急下とはいえ多すぎないか。医療経済に詳しい五十嵐中・横浜市立大准教授は「足りすぎるよりも、足りなくなるリスクを政治的に恐れた結果」とみる。
先月中旬、国内で使える4種類目のワクチンとして米ノババックス製が承認された。その調達量は1億5000万回分。国民の5割以上が3回目接種をすでに終えており、ノババックス製の使い道は描けていない。不人気から1億2000万回のうちの3分の1をキャンセルする羽目になった英アストラゼネカ製の二の舞いにならないのか。ワクチン調達費は「秘密保持契約」を理由に「不透明な予算」にもなっている。
パンデミックは終息せずに、一定の地域、期間で流行が繰り返される「エンデミック」に収束していくだろう。世界のどこかで流行が続いていけば、もちろん新たな変異の脅威も想定しておかなければならない。
読み切れない不確定要素は残るが、高齢者は4回目を打てば終わりなのか、59歳以下の人は3回目の次は必要ないのか。中長期的なワクチン接種戦略をきちんと議論・検討する時期にきている。