Source: Nikkei Online, 025年4月29日 2:19
シンガポールの国際空港に近接する大型会議場「EXPO」。人工知能(AI)の国際学会が開かれた4月下旬、米メタの展示ブースに50人を超える黒山の人だかりができた。
予告なく立ち寄ったチーフAIサイエンティストのヤン・ルカン氏を一目見るためだ。「AGI(汎用人工知能)」と呼ばれる人間並みの知性を持つAIの研究で世界的に知られる。若いエンジニアらの憧れの存在だ。
「今は何を研究すべきなのでしょうか」。フランスの国立研究機関に勤める男性が興奮気味に尋ねると、ルカン氏はニヤリと笑ってこう返した。「大規模言語モデルには取り組まない方がいい」
大規模言語モデルは米オープンAIが2022年に公開した「Chat(チャット)GPT」など多くの生成AIの基盤をなす。同社のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)はAGIの達成に欠かせない技術とみて、その大型化に巨費を投じている。
ルカン氏の考察は異なる。大量の文章から言葉の連鎖パターンを学習し、次にくる単語を予測する大規模言語モデルには「根本的な限界がある」。インターネット上の全てのテキストを学んだとしても、空間を認識する能力では4歳児に及ばないという。
ルカン氏が目指すのは、落ちるリンゴを見て万有引力の法則をひらめくことができる知性だ。そのためには「人間の乳幼児のように自ら世界を観察して学ぶ、全く新たな設計が必要になる」。所属するメタで研究チームを立ち上げ、物理現象を理解するAIの開発に着手した。
社会全体に影響を与える技術は「GPT(汎用技術)」と呼ばれる。古くは約1万年前の植物の栽培に始まり、鉄や内燃機関、インターネットなどその数は24にのぼる。
25番目のGPTになると見込まれているのがAGIだ。ただし、ひとたび誕生してしまうとそれは人類が生み出す最後のGPTになるかもしれない。その先のGPTは人類ではなくAGIがつくりだすためだ。
4月にオープンAIの元研究者であるダニエル・ココタイロ氏らが公表した未来予測「AI 2027」は示唆に富む。舞台は古巣をモデルとした架空の米国企業「オープンブレーン」。AGIによって文明が様変わりする姿を描いた。
米国政府の支援を受けたオープンブレーンは27年7月にAGIの達成を宣言する。高度なプログラミング能力を持つAGIは自らを改良し始める。社内の開発チームは性能進化を傍観するだけの存在だ。27年後半には人間の知性をはるかに上回る「ASI(人工超知能)」へと到達する。
ココタイロ氏の言説が説得力を帯びるのは、チャットGPT登場前の21年に現在の生成AIブームを正確に言い当てているためだ。人知を超えるAIの出現については「かつてよりも強い確信を持つようになった」。
労働力不足や食糧難、気候変動などあらゆる社会課題を解決しうる超知能を手にする企業は、ライバルとの競争を制する可能性がある。
米調査会社デローログループによるとAIの計算基盤となるデータセンターの投資額は28年に世界で年1兆ドル(約140兆円)を超え、日本の国家予算を上回る。究極の「勝者総取り」の原理が、オープンAIや米グーグルなど世界の企業や国家を前例のない投資合戦へと駆り立てる。
開発スピードや利益を優先すれば、AIの安全対策が後回しになる恐れがある。グーグル元CEOのエリック・シュミット氏らは3月に公表したリポートの中で、超知能の暴走や悪用を防ぐには国際的な枠組みが必要だと訴えた。
長い時間軸でみれば人類はすでに超知能時代の入り口に立っている。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏はこう言い切る。「私たちが今持っているAIは、世界を完全に変革するのに十分なものだ」
◇
人間の知性を上回るAIの出現はもはや絵空事とは言い切れなくなった。連載企画「超知能」の第1部「迫る大転換」では技術革新の最前線を追いながら、人類はAIとどう向き合うべきかを考える。