Source: Nikkei Online, 2024年5月6日 2:00
人づくりを担う教育に変革の波が迫る。源は急速に発達するデジタル技術だ。2024年は世界の学校に生成AI(人工知能)が浸透し、日本もデジタル教科書を本格導入する。教育の進化に挑む現場を追う。
「コンピューターのプログラムを書いたがきちんと動かない」と学生がパソコンに打ち込むと、生成AIが「この機能を使えば修正できます」と瞬時に答える。米ハーバード大でコンピューターを教えるデビッド・マラン教授らは23年夏、AIを「講師」に採用した。
初歩的な問いへの回答をAIに任せ、学生と教員は深い思考を要する問題に集中する狙いがある。ある男子学生(18)は「かなり使えた」と評価。「自分専用の講師がいるようだ」と話す学生もおり、半年で7万人以上が使い、数百万件の質問に答えた。
警戒から活用へ。大学や学校のAIへの向き合い方が変わり始めた。ハーバード大もフランス語の授業で学生にAIと対話させたり、AIに論文の大枠を書かせたりして活用。研究集会を開き、学習効果のデータを共有して議論する。
同大の科学教育を統括するクリストファー・スタッブス教授は「10年後には人間がすることの大部分にAIが入り込んでいるだろう。大学の役割は学生にAIの適切な使い方を教え、より早く、よく学ぶのを助けることになる」と語る。
教室に同年齢の児童生徒を集めて同じ内容を教える、現代の学校の原型が世界に広がったのは18世紀の産業革命の後だ。工業化と近代化を進めるには画一的な人材を育てるモデルは都合がよかった。
そのモデルが転換を迫られている。技術革新が経済成長を左右するデジタル社会を迎え、多様な人々の個性と力を引き出す教育がより求められるからだ。
メタバース(仮想空間)や遠隔学習、ビッグデータと、一斉型から個別最適型への教育の転換を支える技術などは次々に登場する。
黒板にチョーク、紙のノートが中心だった教室も、電子黒板や学習用端末の利用が日常になった。市場調査会社グローバルインフォメーションは関連の世界市場が30年に4千億ドル(約61兆円)と22年の3.2倍になるとみる。
個々の生徒に応じて問題の難易度を変え、ニーズに合わせた反応を返せる生成AIは転換をさらに加速する。日本も文部科学省が23年7月に学校での扱い方を示す指針をつくり、約50のモデル校を選んだ。
茨城県つくば市立学園の森義務教育学校はヒト型ロボットに搭載して生徒と英語で対話させた。個々のレベルに合わせた学習ができ、生徒が英会話に積極的になる効果があった。別の高校はAIに生徒と異なる考え方を出させ、公民の授業の討論を活発にした。
子どもがAIに依存して考える力が低下し、AIの情報に振り回されて精神面の不調を起こすなどの懸念は残る。「学習や指導に好機をもたらすと同時に、教育システムに課題を示していることを認識する」。主要7カ国(G7)も23年5月の教育相会合の声明で、負の影響に対応する必要性を指摘した。
重要なのは変革に挑む覚悟だ。各国に教育政策を提言する経済協力開発機構(OECD)のアンドレアス・シュライヒャー教育・スキル局長は、AI時代も学びが今のままなら「生徒は一流の人間ではなく二流のロボットにしかなれない」と訴える。
日本は新型コロナウイルス禍を受けて学習用端末の配備を一気に進めた。世界有数のインフラを生かし、教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現できるか。生成AIへの対応が試金石となる。