Nikkei Online, 2021年9月15日 6:08更新
米アップルが発表した「iPhone13」シリーズの目玉のひとつはカメラ性能の向上だ。暗い場所での撮影精度が高まり、背景をぼかして被写体を際立たせる機能は動画にも対応した。画像処理での人工知能(AI)活用が進む一方、ソニーグループなど日本企業も中核となるセンサーの供給などで黒子役を果たす。ソフトとハードを駆使した「映像プラットフォーム」を構築し拡張現実(AR)のような新市場を取り込む狙いが透ける。
【関連記事】
アップルは「LiDAR(ライダー)」と呼ぶ次世代センサーの搭載を拡大している。目に見えないレーザー光を照射して被写体との距離や形を測定する。従来のセンサーが平面的に画像を捉えるのに対し、ライダーは立体的な空間認識が得意だ。もともとは自動運転車や宇宙開発向けだったが、小型化・低価格化が進みスマホにも搭載できるようになった。
例えば花火をバックに人物を撮った場合でも焦点を正しく合わせられる。従来こうした撮影は大きな光学レンズやセンサーを備えたカメラ専用機の独壇場だった。アップルは複数のセンサーやライダーの情報を組み合わせ、さらにAIによるデジタル処理を施すことでスマホの少ないスペース内に機能を盛り込む。
空間認識が得意なライダーは次のトレンドであるARにも活用できる。現実空間に立体画像を浮かび上がらせるAR技術は「ポケモンGO」などが先行し、ゲーム用途で市場が広がっていく可能性が高い。近年は部屋にカメラをかざすだけで家具を設置したイメージを表示したり、足にカメラを向けると疑似的に靴を試着できるようにしたりといったサービスも登場している。
ハード面を支えるのは部品の調達力だ。アップルは基幹部品のイメージセンサーを世界シェアの半分近くを押さえるソニーグループから調達してきた。フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズ(東京・千代田)の分解調査によれば、アップルは現行のiPadの上位モデルなどでLiDAR素子にソニー製を用いている。
暗い場所では光量が減るため手ぶれ対策も求められる。アップルは一眼カメラなどにも使われる次世代技術のiPhoneへの採用を進めている。レンズではなくセンサー自体を動かして正確に光を集める。光学式手ぶれ補正はアルプスアルパインやミネベアミツミといった企業が得意としている技術だ。
2007年発売の iPhoneは10年代に入って高画素化が進み、手軽に持ち運べる高性能カメラとしての側面も持つようになった。デジカメ向けのセンサー技術が基になったが、いまやテレビや映画の撮影現場でもスマホが使われるほどになっている。足元でのイメージセンサー市場の8割弱はスマホ向けで、デジカメは約5%にすぎない。
スマホメーカーは画素数の向上を競うが、iPhoneのメインカメラは15年発売のiPhone6sですでに1200万画素に達し、高精細な4Kディスプレーでも十分きれいに表示できる水準にある。そのためここ数年は複数のセンサーを組み合わせて画質を向上する多眼化や、AIによる画像処理技術の向上が競争軸となっている。
多眼化は16年から華為技術(ファーウェイ)などの中国メーカーが採用を本格化してアップルも追随した。当初は望遠レンズの搭載が中心で、遠くの景色の撮影や、複数レンズの視差を生かした背景ぼけの表現などに使われた。近年は集合写真や遠くの風景の撮影に適した超広角レンズの採用も広がっている。
iPhone13シリーズの上位モデルは望遠や超広角のレンズを搭載。ズームレンズを搭載しているかのようにスムーズな切り替えもできる。中国のOPPO(オッポ)が顕微鏡のような撮影ができるレンズを搭載するなど「4眼」「5眼」に向けた動きも加速しており、センサー市場の拡大を支えている。
多数のセンサーが用いられる背景には、スマホの世界市場が13億台まで広がり、量産効果でコストの低下が進んだことも大きい。英調査会社オムディアによればイメージセンサーの市場規模は25年に20年比4割増の232億ドル(約2兆5000億円)に拡大する。韓国サムスン電子や中国勢は中下位モデルのスマホでも多眼化を進めており、上位モデルの機能を移植している。
AI処理によるカメラ画質の向上は米グーグルが主導してきた。特に18年発売の「ピクセル3」は背面カメラが単眼にもかかわらず、他社が多眼化によって実現した背景ぼけなどの機能をデジタル処理で実現した。アップルなどの競合各社も対応を急ぎ、現在は多眼化などのハードウエア技術とAIを組み合わせるのが主流となっている。アップルは従来に比べ処理能力を高めた自社開発半導体の「A15」でAI処理を実現している。
スマホカメラにこれだけの技術が注がれるのはSNS(交流サイト)の存在が大きい。写真共有サービスの「インスタグラム」は利用者が10億人に達しており、高速通信規格5Gが普及すれば大容量の動画や写真のやりとりがさらに増えそうだ。米フェイスブックは仏眼鏡大手と開発した「スマートグラス」に2つの小型カメラを組み込んだ。
もっとも、近年の飛躍的な性能向上を受けてハード面を中心にめぼしい改善余地が小さくなってきたとの見方もある。アップルは上位モデルに機能をふんだんに盛り込む一方、廉価版機種のiPhoneSEを単眼に抑えるなど製品ラインアップにメリハリをつけている。高性能カメラが売りの上位モデルに消費者をひきつけるには、ARなどに代表される新たな付加価値を提案し続ける必要がある。
(龍元秀明、渡辺直樹、松元則雄)