ノーベル賞・吉野彰さん 「基礎と応用、両輪が重要」

2019年のノーベル化学賞の受賞が決まった旭化成の吉野彰名誉フェローが9日夜、日本経済新聞のインタビューに応じた。日本の科学技術力、イノベーション力の底上げのためには、基礎と応用の両輪をバランスよく進めていく必要性を強調した。



「日本の大学の研究は曲がり角にきている。企業の研究も以前とは違うようになってきた。基礎研究は10個に1個当たればいい。現状は無駄な部分だけを取り上げられて予算をカットされる。無駄なことをいっぱいしないと新しいことは生まれてこない。自分の好奇心に基づき、何に使えるかは別にして、新しい現象を一生懸命見つけることが必要。もう1つは逆で、本当に役に立つ研究。これを実現するためにこういう研究をやらないといけないという。企業でも大学でも同じだ。この2つがきれいに両輪として動いていくのが理想的な姿だ」

――記者会見で日本の産業について「(消費者に近い)川下が弱い」と指摘していました。以前、電池の学会にメーカーが来ていないことを危惧されていました。

「確かにそういう傾向がある。ただ、電池そのものは川下じゃなくて川中にあたる。電池業界だけじゃなくて、世界全体の産業変化として、川中がなくなってきた。川下と川上がダイレクトにつながるのが成功パターンになっている。川中に相当する部分の元気がなくなってくるのはしょうがない。自分が川中に来たなと思ったら、川上に行くか、徹底的に川下に行く必要がある。川下は(米グーグルやアップルなどの)GAFAの世界だから手ごわいとは思うが、(日本も)ちゃんとやっていかないといけない」

――リチウムイオン電池はかつては日本が高いシェアを持っていたが、今は中国や韓国が台頭しています。どうやって対抗すればいいですか。

「リチウムイオン電池そのものをみればおっしゃる通りだ。携帯電話やパソコンなどは以前は日本が強かった。それに搭載する電池を日本で作るのは合理的だった。携帯やパソコンが海外シフトした。日本のメーカーが残っていたとしても中国で作っている。それに搭載する電池をわざわざ日本で作るのはおかしいから、しょうがない。リチウムイオン電池に使われているセパレーター、正極、負極などはまだまだ健闘している。中身さえおさえておけばいいというのは、1つの割り切りだ。ただ、川下も押さえられるのが理想ではあるが」

――旭化成は電池メーカーじゃないのにどうしてリチウムイオン電池を開発できたのでしょうか。

「逆に私が電池メーカーの研究者だったら、リチウムイオン電池を開発していなかった。理由は開発の過程の中で随所に材料そのものを自分で見つけていく必要があったから」


じっくり育む独創性 ノーベル賞、企業の研究投資に光

左から田中耕一・島津製作所シニアフェロー、
吉野彰・旭化成名誉フェロー、
中村修二・米カリフォルニア大教授

吉野彰・旭化成名誉フェローのノーベル賞受賞は、企業の研究者としては2002年に化学賞を受けた島津製作所の田中耕一シニアフェローに次ぐ。14年の物理学賞を受けた中村修二・米カリフォルニア大教授も日亜化学工業在籍時の成果が対象だった。3人に共通するのは、企業が研究者に相応の時間や裁量を与え、おおらかな雰囲気があったことだ。いまの日本企業は多くの資金を内部にためこみ、研究開発や人材投資に尻込みしているようにみえる。吉野氏の受賞は改めて日本企業のお金の使い方に光を当てることにもなった。

田中氏は島津製作所で化学分析の研究部門に属し、たんぱく質などの生体分子を分析する画期的な手法を考案した。大学では電気工学を専攻したが、就職後は畑違いの部署に配属された。結果的にはそれが吉と出て、常識にとらわれない自由な発想につながった。試料を間違って配合したことが発見を生んだことはよく知られる。「成果を出さねばというプレッシャーもあまり感じなかった」と本人は振り返る。

中村氏も日亜化学工業在籍時に、青色発光ダイオード(LED)の結晶の合成法を開発した。日亜の当時の経営陣は中村氏の独創性を見抜き、海外の大学で武者修行を認めたり、高額の実験装置を購入したりして中村氏をバックアップした。のちに日亜と中村氏は発明の対価をめぐり係争になるが、企業が研究者に大きな裁量を与えていたことの裏返しだった。

吉野氏はどうか。リチウムイオン電池は当初から発火しやすいという安全上の欠点を抱えていた。吉野氏はダイナマイト試験場での実験が不可欠と考え、会社側に恐る恐る要請。「あの実験を認めてもらい研究が前に進んだ」。成果が売り上げにつながらない苦境が続いても、吉野氏を粘り強く支援する寛容さもあった。

きのうの吉野氏の記者会見をみて思ったのは、果たしていまの日本にのびのびと環境できる雰囲気があるのか、だ。

吉野氏は「商品開発のスピードが昔に比べて速くなり、研究者は工夫を迫られている」と語った。リチウムイオン電池がそうだったように独創的なアイデアが製品に結びつくまでは最低10~20年かかる。開発サイクルが短くなり、研究者も時間をかけてアイデアを温めている余裕がなくなり、イノベーションが生まれにくくなっているのは事実だ。発明報償などの対価も研究者にとって手厚いとはいえず、研究者の動機付けや意欲をそいでいる面も否定できない。

ノーベル化学賞受賞が決まり、リチウムイオン電池の模型と花束を手に
笑顔を見せる旭化成の吉野彰名誉フェロー(9日、東京都千代田区)

どうすれば独創的な成果を生み出せる、おおらかな環境を取り戻せるのだろうか。

アイデアを育む基礎研究なら設備投資は少なくてすみ、吉野氏も「1テーマにつき研究者1人、2人ででき、そんなにお金はかからない」と話す。日本企業の業績が回復し潤沢な手元資金があるなか、基礎研究への投資を増やす余力はあるはずだ。

研究者を所属企業だけに縛り付けず、大学や公的研究機関との兼業や相互交流の敷居を低くし、「外の空気」を吸いやすくすることも重要だと感じる。

政府は、企業の研究者が大学教員と二足のわらじをはいたり、大学や公的研究機関から企業に出向したりできる仕組みづくりに動いている。「クロスアポイントメント制度」と呼ばれ、少数ながら実例も出始めた。雇用保険や年金制度などとも調整し、国内だけでなく海外も含め、これをもっと広げたらどうか。

もうひとつは小粒でも若くて生きのいい企業を増やすことだ。人工知能(AI)など先端分野の若い研究者は昔に比べると大企業志向が薄れ、スタートアップ企業などに活躍の舞台を求める人材が増えている。「スタートアップなら大学に戻りたくなったときに認めてくれる」と話すのを聞いたことがある。失敗を畏れずに挑戦する若い頭脳を後押しする社会の雰囲気づくりも大事になる。

2018年度の法人企業統計によると、日本企業の内部留保は463兆円に達する。7年連続で過去最高を更新している。こうした内向きな姿勢で、世の中を変えるようなイノベーションを生み出せるだろうか。リチウムイオン電池に注目が集まる今回の受賞、いまいちど考えるべきことは、日本のメーカーが大切に育んできた技術開発の土壌をどう保つかということではないか。

 


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