Nikkei Online, 2025年1月31日 10:00
農林水産省は31日午後、有識者会議で備蓄米放出に向けた制度見直し案を示す。放出に否定的な立場を変えたのは流通段階でのコメ不足が深刻になっているからだ。統計から試算すると、少なくともコメ約17万トン(お茶わん26億杯分)が市場に出回らず「行方不明」になっており、価格高騰につながっている。新たな買い手の台頭と在庫の分散で、状況把握に苦労する当局の姿が浮かぶ。
米穀店を営む米マイスター麴町(東京・千代田)の福士修三社長は今月、JAグループや大手卸から届いた書面をみて目を疑った。コメの銘柄ごとに「当初予定量の7割」「出荷時期は未定」などと記され、事実上の出荷量カット通告だった。「こんなことは初めて。新規顧客の注文は断っている」と戸惑う。
JAは例年、コメ生産量の4割を農家から買い付ける国内最大の「集荷業者」だ。集荷業者がコメを卸会社に出荷し、外食や大手小売り、街の米穀店などに渡る。JAは手元に十分な在庫を集められず、供給量を絞らざるを得なかったようだ。流通段階のコメ不足感が価格高止まりを生んだ。東京都区部の平均店頭価格は1袋(5キロ入り)が4000円を超え、前年より7割高い。
新米が出回れば品不足は解消される――。店頭から一時コメが消えた2024年夏、農水省はこうした説明を繰り返した。実際、2024年産米の生産量は23年産より多く、供給量に問題はないはずだった。備蓄米放出を求める声が上がっても、農水省が一貫して否定的だった理由の一つとみられる。
農水省にとって誤算だったのは、流通するとみていたコメが「消えた」ことだ。JAを含む大手の集荷業者が農家から買い集めた24年産米は24年11月末時点で192万トンと前年に比べて17万トン(9%)少ない。農水省の担当者は「この17万トンがどこかに流れているはずだが、分からない」と指摘する。
コメはどこに消えたのか。農水省は食糧法に基づきJAや大手集荷業者、卸会社の在庫状況を毎月調査している。今回の「コメ騒動」では調査対象外の中小事業者や外食、新規参入者が少しずつ在庫を抱え、見えにくくなった。24年夏以降、コメの品薄を受けてJAだけでなく中小の集荷業者や卸、外食などが産地へ調達に走った。
JAよりも高い値段を提示し、農家から直接買い取るプレーヤーも増えた。JAは農家が組合員になっているにもかかわらず、「買い負け」によって十分な在庫を確保できなかった。
埼玉県鴻巣市のコメ農家の男性は「出荷先の業者は在庫を持ちたがっている」と明かす。流通段階のコメ不足解消がみえないなか、価格がもう一段高くなったところで売れれば、利益は増える。江藤拓農相は21日の閣議後会見で「商売だから干渉することは出来ない」と述べたうえで、「業者が在庫として抱えることは良い判断ではない」と苦言を呈した。
生産者の姿勢も変わった。消費者に直接販売するネット直販分や親族知人らに送る「縁故米」を確保するため、一部の農家はJAなどへの出荷を抑え気味にしている。実際、新潟県長岡市でコメ農家を営む男性も知人から頼まれることが増えた。「300キロほどを出荷せず手元に残した知り合いもいる」という。
日本のコメ流通は1995年、食糧管理制度の廃止によって農家が政府経由で売る「政府管理米」がなくなり、自由に販売できるようになった。自由化後も農家との関係が深いJAの買い付けシェアは高く、農水省はJAと一部の大手卸さえモニタリングしていれば在庫状況の把握は容易だった。
近年は流通経路の多様化が進み、JAの買い付けシェアは低下傾向にあった。今回、コメ需給の逼迫が買い付け競争や在庫の分散につながり、JAのシェアは例年の4割からさらに下がったとみられる。農水省はコメ流通の急激な変化に対応しきれず、備蓄米の活用検討という政策判断が遅れた可能性がある。
価格の決定は市場原理に任せるとしても、急変動を抑えたり、過度なつり上げを防いだりする仕組みは必要だ。コメ政策に詳しい日本国際学園大学の荒幡克己教授は「流通構造の変化に応じた情報把握の体制を整えなければならない」と指摘した。
(杵渕純平)