潜在成長率1%へ道険し 経済対策効果、国と民間でずれ

潜在成長率の引き上げで、適度なインフレと賃上げの好循環をめざす

    【この記事のポイント】

    ・政府が2日まとめた経済対策は事業規模が37.4兆円に
    ・労働力の底上げや国内投資を促し、潜在成長率を底上げ
    ・労働・資本・生産性を上げる具体策が焦点に

政府が2日にまとめた経済対策は事業規模が37.4兆円と新型コロナウイルス禍前の平時の対策以上に膨らんだ。労働力の底上げや国内投資を促し、潜在成長率を米欧並みの1%に引き上げることを目指す。過去の対策でも経済の体質改善は進んでおらず、巨額支援で成長底上げが続くかは見通せない。

日本経済は長引くデフレ圧力で、30年あまり賃金や投資が伸び悩んだ。日本経済の供給力を示す潜在成長率はバブル経済の崩壊直前の1990年度に前年度に比べ3.7%あったが、長期低迷が続き、22年度は0.4%にとどまる。

岸田文雄首相は10月下旬、テレビ番組で「世界各国の数字を見るときに1.0%という数字が見えてくる。各国の状況も参考に日本の数字は上げていかなければならない」と語った。日本経済の需要不足が埋まるなか、首相が目指す「供給力の強化」に関する事実上の数値目標だ。

経済協力開発機構(OECD)によると、米国は22年に1.8%、カナダは1.5%、フランスは1.2%で日本は米欧に後れをとる。物価上昇に見合う安定的な賃上げの実現に潜在成長率の引き上げは欠かせない。

政府は今後3年程度を消費と投資が拡大する経済への「変革期間」と定め、今回の対策をその「スタートダッシュ」と位置づけた。内閣府は対策によって国内総生産(GDP)を3年で3.6%押し上げると試算する。

潜在成長率は労働、資本、生産性の3つの要素からなる。対策では3要素を底上げするための補助金や政策減税などのメニューを盛った。

労働力は第2次安倍晋三政権以降、女性や高齢者の労働参加を促したことで就業者数がプラスに寄与した。だが労働時間は足元でも伸び悩む。

「年収の壁」対策はその打開策として今回盛り込まれた。企業規模によって年収が106万円以上になると社会保険料の負担が生じて手取りが減るため、企業に1人最大50万円を補助して補塡する。年収の壁を超えないよう労働時間を調整する女性などの潜在的な労働力を掘り起こす。

資本の底上げでは半導体や蓄電池など戦略物資の国内投資を促す補助金や、国内生産量に応じて税負担を減らす制度を掲げた。中小企業による工場新設の補助も盛り込んだ。地域別最低賃金を上回る賃上げなどを補助要件とする方向だ。補助金や税優遇が民間投資の呼び水となるか試される。

難題は生産性の引き上げだ。企業の技術進歩や労働者の能力向上などが含まれる「全要素生産性」は、22年度の潜在成長率に対する寄与度が0.6ポイントのプラスで、ほかの要素よりも高い。

対策では、中小企業が省力化投資の補助申請を簡単に手続きできる支援策を盛った。資格学習の費用を最大70%補助する「教育訓練給付」も現在の上限168万円から引き上げる。労働者が生産性の高い職種へ移るのを促す。

ただ厚生労働省の調査では、省力化投資に取り組む企業は製造業でも23%に過ぎない。運輸・郵便業は8%、医療・福祉は6%など1割にも満たない。こうした労働集約的な業種では、人員配置の効率化が進めやすい業種ほどには支援策が効かない恐れがある。

民間エコノミストは対策のGDPの押し上げ効果を政府より低く見積もる。野村総合研究所の木内登英氏は1.19%、大和証券の岩下真理氏は0.8〜1.0%とみる。

今回の対策では、退職金への課税制度の見直しの明記は見送った。6月の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)は見直す方針を明記していた。同じ企業に長く務めるほど税負担を優遇する制度は終身雇用を前提とした「日本型雇用」の象徴として、円滑な労働移動を妨げているとの見方がある。

労働力の確保や労働移動の円滑化は日本経済の長年の課題だ。だがこれまでの経済対策では家電エコポイントといった消費喚起策や家計への一律給付金など経済危機への応急措置が中心で、構造的な課題への対処に軸足を置かなかった。

第一生命経済研究所の永浜利広氏は潜在成長率1%達成には「生産拠点の国内誘致に向けた税制改正や規制緩和など、政策をさらに総動員しないと難しい」と指摘する。

歴代の政権はこれまで数十兆円の事業規模の経済対策を何度もうってきた。だがこの30年ほどの潜在成長率の前年度比の伸び率の拡大幅は最大でも0.2ポイントほど。潜在成長率を今後3年間で0.5ポイント程度上げるハードルは高い。

今回の対策を巡って政府は定額減税など「税の還元」を打ち出し、野党は社会保険料引き下げなど「バラマキ的」な論争に集中した。首相は2日の記者会見で「経済が成長してこそ財政健全化にもつながる」と訴えた。

成長力の底上げが伴わぬまま政治がバラマキを競い続ければ、次世代への財政のつけはさらに増えていくことになる。
(広瀬洋平、金岡弘記)


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