Nikkei Online, 2024年1月8日 17:00
羽田空港での日本航空機と海上保安庁の航空機による事故は、海保機と管制官との最後の交信から衝突までの約2分間の経緯解明が焦点となる。国の運輸安全委員会は、海保機側の「指示誤認」と管制官と日航機側の「回避行動」に調査の重点を置く。事故から9日で1週間となる。人的ミスの連鎖が事故を招いた可能性が浮上し、多角的な検証が欠かせない。
「こんばんは。ナンバーワン(1番目)。C5上の滑走路(手前の)停止位置まで走行してください」(管制官)
「停止位置に向かいます。ナンバーワン。ありがとう」(海保機)
国土交通省が公表した交信記録によると、管制官と海保機のやりとりは1月2日午後5時45分11秒〜19秒の交信が最後となった。
その後、周辺に設置されたカメラに、海保機が停止ラインを越えて滑走路に進入し、約40秒間停止する様子が映っていた。同47分ごろ、着陸中だった日航機と滑走路上でぶつかり、両機は大破し激しく炎上。海保機の乗員6人のうち、機長をのぞく5人が死亡した。
事故発生前の「2分間」に何があったのか。運輸安全委の調査でまずポイントとなるのが、管制官が許可していなかったのに海保機がなぜ滑走路に進入したのかだ。
海保機の機長は事故後「進入許可を得ていた」と説明しており、指示の内容を取り違えていた可能性がある。
複数の専門家は「ナンバーワン」と伝えられた海保機が離陸を急いだとの見方も示す。一般的に「ナンバーワン」は離陸順位を表すために使われ、進入許可を指す意味はない。自機が最初に滑走路を使用して離陸すると誤認した海保機が、指示された停止位置を越えて滑走路に進入した恐れがある。
海保の航空機の運用規則では「機長と副機長が管制の指示に共通の認識を持つ」とする。今回、機長と副機長が互いに指示内容をチェックする「相互確認」が機能していなかったとみられる。
調査の第2のポイントが、管制官や日航機側に事故を回避できる可能性がなかったかだ。
管制官は国交省の聞き取りに「海保機の進入に気づかなかった」と説明した。だが、管制官が見るモニターには着陸機が接近する滑走路に別の機体が進入した場合、注意喚起する機能があった。
国交省によると音声ではなく、画面上の点灯などで警告する仕組みで、当時は正常に作動していた。管制官が常時チェックする運用ではなく、管制官は気付いていなかったもようだ。羽田空港は1時間あたり最大90回発着できる世界でも有数の「過密」空港で、安全委は管制官の業務状況も確認する。
着陸中だった日航機の機長も「海保機を視認できなかった」と話しているという。操縦士には航空法上、他の航空機などと衝突の危険性がないか周囲をよく観察する「見張り義務」がある。安全委は日航機の状況も調べる。
2015年に徳島空港で、滑走路上に点検車両がいることを失念した管制官が日航機に着陸を許可するケースがあった。日航機の操縦士が寸前で車両に気づいて着陸をやり直して衝突を避けられたが、この時は日中だった。
今回の事故は夜間だった上、海保機の全長は25メートル強と日航機の半分以下の大きさだ。ある現役の航空機長は「夜間の場合、パイロットは着陸時の接地に意識を集中しており、滑走路上の小型機を見つけることは難しい」と明かす。
安全委は既に海保機と日航機のボイスレコーダーを回収。衝突までの2分間に、両機内でどんなやりとりがあったのか解析を急ぐ。管制官ら関係者からの聞き取りも始めたが、最終報告までは年単位で時間がかかる見通しだ。刑事責任の有無を調べる警視庁の捜査も長期化するとみられる。
航空業務の安全管理が、管制官とパイロットの意思疎通を中心に成り立っている以上、人的ミスは完全には防げない。元運輸安全委統括航空事故調査官の楠原利行氏は「事故は一つのミスだけでは起こり得ず、複数のヒューマンエラーが重なったと考えられる。起きたことを全て洗い出し、原因を明確にして再発防止策を考える必要がある」と指摘する。
(村越康二、駒木梓)