もう一つの「年収の壁」壊せ 住民税非課税が映す不公平

定額減税を含む総合経済対策について説明する岸田首相(2023年11月2日、首相官邸)

ルール上、問題はない。でもさすがに行き過ぎ。この国の税金の世界にそんな例は多い。

{A} 3億円をふるさと納税し返礼品にシェルター(市価9000万円)をもらう

{B} 豪邸に住み、住民税非課税世帯向け給付金の支給を受ける

少子化対策、防衛力強化など巨費を要する政策を掲げながら、財源論を避ける政府に国民は「ステルス負担増」を嗅ぎ取る。 対抗して、税・社会保険料の負担減を目的に働き方を抑える「年収の壁」に縮こまれば、経済は縮小均衡に陥る。 中でも育児、医療など社会保険給付と関わる「住民税非課税の壁」は影響大にもかかわらず、実態が見えにくい。 壁を壊す時だ。

「利用者」少ないふるさと納税

1兆円規模に膨れたふるさと納税は、個人が払う住民税の一部を居住地から別の自治体に移す寄付行為だ。 2000円の自己負担で寄付額の3割上限の返礼品がもらえる制度と認知され人気化した。

{A} は群馬県伊勢崎市の例だ。返礼品は地元企業製、額も限度内でルールに合う。ふるさと納税の上限は青天井だから年収約70億円の人が3億円寄付するのは自由だ。

「金持ち優遇で格差を助長する」「ふるさと応援の趣旨から外れる」。批判はあるが、経済産業研究所の調査で制度の認知度は97%に上る。だが、総務省の統計によると実際に寄付をし、住民税付け替え手続きをした人(控除適用者)は15%にとどまる。なぜか。

理由は住民税の空洞化にある。寄付しようとして気付くのが、自分が自己負担2000円と手間暇に見合う納税額がない事実だ。

壁の内外で「天国と地獄」

ゼロの人も多い。税率10%の所得割と定額の均等割、どちらも免除される「住民税非課税世帯」は約1500万世帯と推計される。国内5570万世帯の4分の1にも上る。「日本の税は扶養家族や保険料負担に応じ課税所得から差し引ける所得控除が手厚すぎ、スカスカになっている」(三木義一・元青山学院大学学長)

住民税は社会保障制度とリンクする。自治体が窓口の給付サービスでは、住民税非課税ラインが費用負担の線引きに多用されるからだ。非課税世帯は2歳以下の保育料が無料で、高等教育無償化の対象にもなる。医療・介護費が高額になった際の自己負担限度額も低く、特別養護老人ホームなど施設の居住費も安くなる。

「住民税非課税の壁の内外は天国と地獄」。杉並区議を長年務め、住民相談に応じてきた太田哲二氏は言う。なまじ稼ぎを増やすより、壁の内側で社会保険のコストを節約する方が生活は楽になる、と時に就労調整を助言する。

税は稼ぎに応じた負担が原則で低所得者の負担軽減は当然だが問題はそのゆがみ。困窮といえない世帯も非課税の壁内に紛れる。

冒頭{B} がその一例だ。非課税世帯の算定には資産や利子・配当所得を含まない。年金は含むが、差し引ける控除額が給与より大きく有利だ。非課税ラインをわずかに超えた子育て世代が住民税・保育料を払う一方、金融資産の多いシニアは医療や介護で非課税メリットを享受する例もある。

ゆがみは新型コロナウイルス禍以降、度重なる給付金で増した。行政が把握している線引きが事実上、「国民全員」か「住民税非課税世帯」かしかないため、実質的な富裕層も含めて配られた。

非課税世帯、実態つかめず

非課税世帯の正確なデータさえ存在しない。課税は個人単位だが社会給付サービスは世帯単位が多い。「課税情報はあるが非課税情報はない」(国税庁)、「給付金の支給実績として事後的に把握する」(内閣府)。しわ寄せは自治体に向かう。「非課税世帯の『確認書』やり取りに1カ月かかった」(福岡市)。自治体は税と給付、両方の情報を持つが容易に連携して使える形になっていない。

6月には定額減税が始まる。扶養家族分も含め1人4万円を減税する仕組みは一段と複雑だ。住民税の均等割だけ払ったり、納税額が4万円未満だったりする約900万人について新たな識別作業が必要に。デジタル庁は「算定ツール」をわざわざ開発、希望自治体に配る準備に追われる。

個人と世帯、給付金と減税――。税と社会保障の単位と手段を一度あるべき論から考え直す時だ。

東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹は、減税と給付金を組み合わせる「給付付き税額控除」の導入を訴える。減税の恩恵が小さい低所得層の働く意欲をそぐことなく、現金支給で補う。税と社会保険料を一体で捉えた給付付き税額控除は諸外国で導入例がある。「まずは国民の所得を迅速、的確に把握するデジタル安全網の構築が欠かせない」

適切な再配分へ改革を

税・保険料はともに国民負担であり、基礎年金の半分に税金が投入されるなど財源も混然一体だ。にもかかわらず、子育て支援金のように、負担増が見えにくい保険料を「活用」したがる政治の動きが後を絶たない。

日本の社会保険料負担は国内総生産(GDP)比で過去30年上昇を続け、既に重い。明治大学の田中秀明教授は「低所得者ほど負担増になる逆進性が強い。数十年かけて税と保険料の一体改革を断行し、保険料を『保険税』に変えたオランダに学べ」と説く。

30年後、日本の人口は1億を切り高齢者が4割になる。税による適切な再配分と社会保障が担う堅実な安全網なしには立ち行かない。負担と給付の将来像を描き「働き損」をなくす制度改革を急ぐべき時だ。思いつき減税ではなく。

山本由里(やまもと・ゆり)
証券部を軸足にマネー報道部、日経ヴェリタス、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」など一貫してお金周りの記事の執筆・編集・番組制作に携わる。日経電子版「知っ得・お金のトリセツ」の連載コラムを担当。動画コンテンツ「なるほどポンッ!」も手掛けた。キャッチフレーズは「1円単位の節約から1兆円単位のマーケットまで」。24年4月から編集委員兼論説委員

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