Nikkei Online, 2024年5月14日 11:57更新
円安を理由とした企業の値上げが増えている。主要な食品メーカーの値上げ品目のうち円安を要因とする割合は今年に入り3割近くに達し、平均の値上げ率が5月に3割超に達する一因となった。円安が長期化すれば、日銀が追加利上げを判断するうえで重視する基調的なインフレの押し上げにもつながる可能性がある。
「原材料コストや包装資材代、人件費の上昇に加え、円安も進行している」。日清製粉ウェルナは4月下旬、8月1日から家庭用パスタ「マ・マー」や冷凍食品などを最大12%値上げすると発表した。「さまざまなコスト削減に取り組んできたが、企業努力だけでは吸収が困難だ」と円安に起因する値上げへの理解を求めた。
帝国データバンクの調査では、主要な食品メーカー195社の飲食料品で5月に値上げする品目数は417に達する。平均の値上げ率は31%で22年の調査開始以来、単月としては過去最高となる。原材料高や物流費の上昇といった従来の要因に加え、円安が値上げ率を押し上げている。
「円安」が理由の値上げ品目は2024年に全体の28.9%を占めるようになり、23年通年(11.4%)から急増している。日清製粉ウェルナの事例のように今後も増加が見込まれており、帝国データバンクは円安が長期化したり、一段と進行したりした場合、「今秋にも円安を反映した値上げラッシュの発生が想定される」と指摘する。
その予兆は既に統計に表れ始めている。日銀が14日に発表した4月の円ベースの輸入物価指数は前年同月比で6.4%上昇した。2月に0.2%上昇と11カ月ぶりにプラス転換した後、3月の1.4%、4月の6.4%と円安の加速につれて、上昇率が高まっている。エネルギー価格の一服で契約通貨ベースではマイナス4.3%だったが、円安が円ベースの輸入物価を押し上げている構図だ。
輸入物価指数は企業間のモノのやり取りの指数だが、輸入物価の上昇は今後、小売り価格の上昇に波及していく可能性が高い。実際、22年に企業物価が10%近く上昇した際も、その後、小売り価格への転嫁が広がった。
足元では日米の金利差などを背景に、前年同月を上回る円安水準が続いている。4月29日には一時1ドル=160円台まで円安が進み、その後も155円前後の水準で推移している。4月の輸入物価指数によると、電気・電子機器は契約通貨ベースではマイナス3.3%だったものの、円ベースではプラス7.4%だった。
既に顕在化している食品分野だけでなく、今後電気・電子機器などの分野でも円安の影響を小売り価格に反映していく動きが増える可能性がある。例えば、米アップルが昨年秋に発売したスマートフォン「iPhone15」の一部機種では、米国価格は据え置きだったものの、円安によって日本価格が上昇した。円安が長期化すれば、こうした現象も一段と広がることになる。
日銀も円安の影響を注視する。日銀は円安による値上げは一時的との立場を基本としているが、植田和男総裁は8日、円安について「輸入物価上昇を起点とするコストプッシュ圧力が落ち着いていくという見通しの前提を弱める可能性がある」と指摘した。企業がコスト高をモノやサービスの価格に転嫁する動きが広がるなかで、「過去と比べ、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」とも述べた。
SMBC日興証券の宮前耕也氏は「円安による輸入物価の上昇が続くことで、コスト上昇分を消費者に転嫁する動きも長引くだろう。実質賃金の改善に合わせて秋以降に食品価格などに反映されていき、基調インフレ率の上昇につながりそうだ」と指摘する。
もっとも円安の基調インフレへの波及は単純ではない。輸入物価の押し上げが賃金上昇を促し、基調インフレにプラスに働く経路もある一方、円安による物価高が消費を弱め、物価安定を損ねる方向に働く経路も考えられる。日銀は輸入インフレの再加速が一過性となるのか、今後慎重に見極めていく考えで、その判断が日銀の追加利上げの是非の決定に影響することになる。
(王楽君)