円売り是正、難敵はオルカン 「日本に投資」へ眠る宝磨け

円の警告・国富を考える(2)

三菱UFJアセットの「オルカン」運用部隊㊧ と 神田財務官

東京・霞が関に通貨防衛の前線基地がある。神田真人財務官率いる財務省為替市場課だ。過去最大9.7兆円の円買い介入で海外投機筋の動きを制したが、円安は止まらない。為替介入に動じず、淡々と円を売り続ける難敵が国内にいる。通称「オルカン」と呼ばれる巨大世界株ファンドと日本国民だ。

巨大ファンドは三菱UFJアセットマネジメントが運用する低コスト投資信託「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」。1〜3月期の資金流入額は国内首位となり、2位の米国株投信と合わせて計1.3兆円が流入した。前の3カ月に比べ約3倍だ。

岸田政権肝煎りの新NISA(少額投資非課税制度)が1月に始まると、個人投資家の人気に火がついた。オルカンは新規マネーが流入するたびに円を外貨に替え、海外株の購入に充てる。これが止まらぬ円売りの一因となっている。

午前9時55分、東京外為市場に緊張が走る。オルカンを運用する三菱UFJアセットが毎朝、複数の銀行に円売り・外貨買い注文を出し、最大1千億円を超える日もある。為替水準に関係なく機械的に入る売りは、粘着質の円安を生む。

1日に楽天証券が開いた新NISAセミナー。都内の会場には親子連れを中心に約50人が集まった。参加した20代の男性は、娘の教育資金のために米国株の投信と個別株への投資を始めた。「日経平均の最高値は日本企業や経済が良くなった結果とは思えない。株では中長期の成長に期待できる海外に投資したい」と話す。

長期のお金の流れを見渡すと、国内外の企業による投資は「円売り超過」となっている。日本勢は成長を求めて海外での投資(=円売り需要)を増やす一方、言葉や人材、文化が壁となり、海外勢の日本への投資(=円買い需要)は少ない。対内直接投資の対国内総生産(GDP)比率は主要38カ国で最下位だ。

これに日本の家計の円売りが加わった。「日本に投資する魅力を高めると同時に新NISAを導入すべきだった」。財務省幹部は一方通行の資金流出を懸念する。家計が円安や物価高の長期化に備えて国外に向かうのは止められない。円売り超過の是正には日本が海外から「投資される国」になるしかない。

小正嘉之助蒸溜所の小正芳嗣社長は英社と世界展開をめざす(鹿児島県日置市)

海外勢は日本各地に眠る宝に気づき始めている。 壁を破る中小企業も現れた。

「30年までに世界販売を5倍に増やす」。鹿児島県のウイスキー製造、小正嘉之助蒸溜所は4月のイベントで宣言した。21年に「ギネス」で有名な英酒造大手ディアジオから出資を得て、海外展開に必要な国際人材の採用に動く。

ディアジオとの交渉中に別の海外勢からも提携の打診があった。 「ジャパニーズウイスキーは世界大手の成長戦略に『欠かせぬピース』になった」(小正芳嗣社長)。 提携交渉を通じて自社製品への自信が確信に変わった。

投資マネーは通貨価値が不安定な国を敬遠しがちだ。危機感が企業を動かす。

22年秋、東京エレクトロン社内に衝撃が走った。外国人株主比率が突如、4割台から3割に落ちたからだ。投資家向け広報(IR)責任者の八田浩一氏は「円相場の急落が株主の離反を招いた」とみる。半導体製造装置事業の競争力は不変でも、ドル建てで見た株式価値が下がり、海外株主は不安を募らせていた。

東京エレクトロンの八田氏(中央)は米ニューヨークで1日3〜4件の投資家訪問をこなす

「成長戦略を対面で説明したい」。八田氏は社長に直訴するとIR活動の司令塔を東京から有力投資家が集まるニューヨークに移し、自身も赴任した。面談回数の増加が奏功し海外株主比率は回復、時価総額は24年に一時、日本勢2位になった。

日本企業は変革を続け、成長ストーリーを海外に発信する。国は企業の活動を後押しする。「投資される国」に欠かせない条件だ。円の警告を機にマネーの流れを変えられれば、通貨の価値は高まる。


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