Nikkei Online, 2020/8/21 10:39更新
最年少での二冠達成から一夜明け、
色紙を手にする藤井聡太新王位
(21日午前、福岡市)
=日本将棋連盟提供
将棋界史上最年少の18歳1カ月で二冠を獲得した藤井聡太王位・棋聖(18)が21日、タイトル奪取から一夜明けて福岡市内で記者会見し、「この上ない結果だった。課題も見つかったので、もっと実力を高めていきたい」と喜びをかみしめた。
「二冠」の色紙を手に時折、笑顔を見せた高校生プロ。対局後は家族や師匠の杉本昌隆八段(51)に電話し、午前0時ごろに就寝、ぐっすり眠れたという。
奪取した王位戦については「2日制は初めてだった。指してみると、まだまだ考えが足りないのかなと思った。将棋の奥深さを感じた」と振り返った。
藤井二冠は第61期王位戦7番勝負の第4局で木村一基九段(47)を破り、4連勝でタイトルを奪取した。1992年に羽生善治九段(49)が作った21歳11カ月の最年少二冠を28年ぶりに更新。タイトル2期獲得の規定により、最も若い記録で八段に昇段した。
今後は、来年1月から7番勝負が開幕予定の王将戦で挑戦権を得る可能性がある。活躍を続ける高校生プロは「王将(の挑戦者を決める)リーグは強い人ばかりなので、しっかり戦いたい」と意気込みを語った。
〔共同〕
2020/8/22 2:00
王位戦を4連勝で制しタイトルを獲得した藤井聡太新王位(左)
=20日、福岡市(日本将棋連盟提供)
将棋は、観戦すればするほど、ますます楽しく、そして辛(つら)くなる。
タイトル戦に登場するのは、当然のことながらトップ棋士。それぞれに独特の華があり、応援してしまう。番勝負が決着するとき、勝者を観(み)る喜びと、敗者を観るやるせなさを同時に味わうことになる。今期の王位戦は、その最たるものだった。
きむら・そうた 1980年横浜市生まれ。
東京大法卒。東京都立大教授。
専門は憲法学。将棋は趣味の一つで、
大学の講義に将棋を採り入れプロ棋士を
招くなど、棋士との関わりも深い。
挑戦者は、18歳の藤井聡太棋聖。今や「天才」の代名詞だ。ただ、藤井棋聖の言葉はいつも謙虚だ。王位獲得後のインタビューでも、「4連勝という結果は実力以上の結果」と語る。私も一度インタビューしたことがあるが、定型句ではなく、自分の言葉を一つ一つ丁寧に紡ぐ姿が印象的だった。
藤井棋聖の謙虚さは、どこから来るのか。
私たちが、「将棋」と言われて思い浮かべるのは、駒をそれぞれ20枚並べて行う「本将棋」だろう。ただ、将棋には他にも、「はさみ将棋」「中将棋」などいろいろある。詰(つめ)将棋作家の橋本孝治氏によれば、本将棋とは、「攻方王手義務のない変則詰将棋」の一問だ。それは、神様の目から見れば正解手順はある、ということ。しかし、歴代名人たちが400年以上考え抜き、最新のAI(人工知能)を投入しても、いまだ解の手がかりにもたどり着けない。将棋に取り組んでいると、常に人間の限界を意識せざるを得ない。そこに謙虚さが宿るのではないか。
そんな藤井棋聖が、最年少二冠獲得という偉業を達成するのを観たい。そう思わない将棋ファンはいなかっただろう。
しかし、である。藤井棋聖が挑戦したのは、木村一基王位だった。
木村王位は、将棋ファンの間でも大変な人気を誇る。木村王位の大盤解説は、ポイントを的確に押さえつつもユーモアがあふれる。木村王位の揮毫(きごう)では「不撓不屈(ふとうふくつ)」が有名だが、八段時代に作った扇子の揮毫は「楽勝」。
そんなお茶目さも見せる木村王位だが、対局の場では恐ろしい存在だ。序盤の作戦準備は周到で、中終盤では相手の攻め駒を潰し、攻撃的に受け切ってしまう。強靭(きょうじん)な受けの印象は特に強く、「千駄ヶ谷の受け師」の異名も持つ。
木村王位の人柄にも、将棋内容にも、多くのファンが魅了されている。木村王位は何度もタイトル戦の大舞台に立ちながら、あと一歩のところでタイトルに届かなかった。その木村王位が、昨年、歴代最年長の46歳で初タイトルを獲得した。せっかくの初タイトルを1シーズンで失う姿など観たくない。
「どちらの負けも観たくない」。そんな思いを抱えながら、今期王位戦を見守った将棋ファンは多いはずだ。
開幕から挑戦者3連勝の結果となったが、内容的には拮抗していた。木村王位は、これまで王位戦に4度登場し、いずれも第7局まで戦い抜いている。才能・実力・勢いと三拍子そろった藤井棋聖といえども、木村王位相手の4連勝は容易ではない。しかし、第4局の内容は、藤井棋聖の圧巻だった。
1日目は、木村王位が藤井棋聖の飛車に銀をぶつけた局面で封じ手となった。相手の攻め駒を逆に攻める、木村王位らしい流れだ。大事な飛車が攻められれば、逃げるのが普通。藤井棋聖は飛車を逃がすだろうというのが、封じ手予想の本命だった。ただ、解説担当の棋士や将棋ソフトは、飛車を切り、激しく戦う可能性も指摘していた。
ファンからすれば、飛車を切って激しくなれば最高に面白い。しかし、それは観戦者の無責任な願望にすぎない。「ファンが喜ぶ手」が「勝てる手」である保証など全くない。1日目の段階で、「飛車を切れば、藤井棋聖の勝ち」とまで言い切る予想はほとんどなかった。
そんな中で迎えた2日目の朝。藤井棋聖の封じ手は、飛車を切る手だった。対する木村王位も、負けず劣らずの激しい道筋に踏み込み、一瞬たりとも気が抜けない展開が続いた。これほど華やかな展開になったのは、藤井棋聖の切り込みを受けて立ったのが、他ならぬ木村王位だったからだろう。最終的には、藤井棋聖が、猛攻を紙一重でかわし、見事に勝利した。
個人的な話で大変恐縮だが、私の名は木村草太。木村・聡太対決には、格別の思い入れがある。木村前王位は、終局後、「一からやり直す」と、さらに実力をつけての再戦を誓った。最年長タイトル初獲得の記録を持つ木村前王位と、最年少二冠の記録を達成した藤井聡太二冠。次の木村・聡太戦が心から楽しみだ。