Nikkei Online, 2023年9月17日 2:00
食卓から国産の農作物が消えていく。民間の推計では2050年、国内の農業人口が現状より8割も減る。生産は激減、必要なカロリーを賄うためにイモが主食の時代がやってくるかもしれない。世界で人口が増える中、輸入頼みを続けられるか。飽食の意識を変える必要がある。
山形県飯豊町の舩山文利さん(76)は22年秋の収穫を最後に離農した。約300年にわたってコメ作りをしてきた家系。約3.5ヘクタールの田を耕してきた。
体力に限界を感じていた同年8月、東北や北陸などを豪雨が襲う。収穫量は減り、農作機械も故障した。「続けていく気力も奪われた」。娘は別の職に就いており、跡継ぎはいない。田の大半を放置していたが、近隣で借り手が何とか見つかった。
国内の農家数は農業法人も含め23年2月で92万9千戸。高齢化は著しい。農林水産省によると、自営での農業従事者の平均年齢は22年時点で68.4歳で、86%を65歳以上が占める。
このままでは離農が急速に進む。三菱総合研究所は農家数が50年に17万7千戸になると推計する。現在に比べて実に81%も減る。その間の人口は16%減の見込み。「胃袋」に比べ、農家の減少は急激だ。
食卓を彩る国産農作物が減ってしまうかもしれない。16〜21年の収穫量の減少がそのまま続くと仮定すると、ホウレンソウは49年には生産がゼロに、ダイコンは50年に半減する。果物ではサクランボや日本ナシが生産できない。
主食のコメはどうか。三菱総研によると、50年には291万トンに。22年比で56%減少し、需要に対して約100万トンも下回るという。
日本は現状も食料を輸入に依存している。直近の食料自給率はカロリーベースで38%。米国は110%、ドイツは80%をそれぞれ超えるなど、日本は主要7カ国(G7)で最も低い。
ウクライナ危機で穀物は値上がりし、世界の争奪戦は激しい。円安も重なり調達コストも上がった。その中でさらに輸入に頼れるかは分からない。ほぼ100%を輸入に頼る肥料の原料も確保が難しくなっている。
どうすれば胃袋を満たせるのだろう。農水省は1人当たり1日2168キロカロリーの摂取が必要と推定する。8月公表の試算では、現在のコメや小麦中心の作付けで可能な限り生産量を増やしても、1720キロカロリーしか得られないとした。
一方、イモ類中心の作付けなら国内生産のみで2368キロカロリーになると試算。輸入に頼らずとも賄える。イモは生育に比較的手がかからないとされ、カロリーも高い。戦中・戦後の食糧難の時代は貴重な栄養源だった。
同省が想定する献立を試してみた。朝食は焼きイモ2本と食パン1枚、サラダ2皿と果物。かなり満腹だ。昼食は焼きイモ2本と粉ふきイモ1皿、野菜いため2皿。空腹を感じてなかったものの完食できた。夕食はごはん一杯に粉ふきイモ1皿と漬物、焼き魚。どうにもイモには箸がのびない。
この献立は3日目の昼食までが限界だった。必要なカロリーを満たすための献立で、農水省も「あくまでも極端な仮定」と説明する。確かにおなかは満たされるのだが……。
政府は将来的に食料を確保できるよう、農政の基本理念や政策の方向性を示す食料・農業・農村基本法の見直しを進めている。5月に公表した中間とりまとめでは効率的な農業経営の推進や、農家が持続的に作物を生産できる価格への引き上げなどを掲げた。
効率化へ期待されるのが農業技術の進展だ。クボタは24年1月に人工知能(AI)付きのカメラなどを搭載したコンバインを発売する。障害物を検知すると自動で停止し、作物の高さなども学習して自動で収穫ルートを最適化する。
ベンチャー企業のスプレッド(京都市)は同年、中部電力などと静岡県袋井市で1日10トンを生産する世界最大規模のレタス工場を稼働させる計画だ。人工光などを使って栽培工程のほとんどを自動化する。
これら技術の進展だけで間に合うか。日本国内では、まだ食べられるのに廃棄される食品が年間523万トン発生する。1人当たりに換算すると、茶わん約1杯分の食べ物が毎日捨てられていることになる。
飽食の時代は終わりが近づいている。食の未来を守るには食材の無駄をなくし、農業が存続できる価格への理解を深めるなど、身近な行動の積み重ねも必要となる。
(筒井恒、グラフィックス 茂木麻美、映像 大須賀亮)