Nikkei Online, 2023年10月15日 4:00
ロシアのウクライナ侵攻に続き、パレスチナをめぐる衝突が再燃し、エネルギーをめぐる国際情勢が緊迫しています。世界規模で異常気象が頻発し、気候変動対策の加速も待ったなしです。
今月で1973年10月の第1次石油危機から50年になりました。再び訪れたエネルギー危機に私たちはどう向き合うべきか。日本経済新聞が連載した「エネルギー選択の時 石油危機50年」は、エネルギーをめぐる世界の構図変化を描くとともに、重大な岐路にある日本の針路について多面的な分析を試みました。
担当記者の一人がこのほど福島第1原子力発電所を訪れ、連載の「あとがき」を書きました。本編と併せてお読みください。(市場グループ次長 宮本岳則)
「あのあたりで放出しています」。担当者が指さす先には海面に4つの目印が距離をあけて浮かぶだけです。東京電力ホールディングスは8月、福島第1原子力発電所の構内にたまる処理水の放出を始めました。原発から1キロ先の水深12メートルの海底に放出口があります。
処理水は海水と混ぜてトリチウムの濃度を国の基準を大幅に下回る水準に薄めた後、海底下に敷設した内径2.6メートルのパイプラインで沖合まで運んで放出します。
原発の敷地を埋め尽くす処理水の貯蔵タンクは1000基超。今年度の放出で減らせるタンク数は10基程度にとどまります。放出を終えるまでに数十年かかる作業ですが、日本のエネルギー選択には大切な一歩です。
悲惨な事故を起こした日本が、原発を活用するには廃炉と福島の復興をやり抜く覚悟を持ち、事故で失われた原発に対する国民の信頼を回復することが条件だからです。
福島第1原発を訪れた13日は2度目の放出を実施中でした。この日は福島から遠く離れた中東で、イスラエルがパレスチナ自治区ガザへの地上攻撃に着手しようと軍を集結させていました。
イスラエルとアラブ諸国が戦火を交えた第4次中東戦争をきっかけに、アラブ産油国が発動した石油戦略により、安い中東産の原油に依存していた消費国は供給途絶の恐怖に震え上がりました。
日本は石油危機をきっかけに、脱中東、脱石油のエネルギー転換を迫られました。石油危機後の20年間に40基が稼働した原発はその結果です。
それから半世紀、ウクライナ侵攻や中東の緊迫はエネルギー安全保障の再認識を迫りました。エネルギーの安定的で安価な供給確保が国家の重要課題となり、エネルギー転換が生む新市場の支配へ国家と企業の大競争が始まっています。
エネルギー地政学の変化は世界のパワーバランスも変えます。国際情勢の緊迫やエネルギー転換は世界経済やマーケットの行方を左右します。そのなかで日本はどのようなエネルギー選択で臨むのか。その戦略を考えるときです。(編集委員 松尾博文)