Nikkei Online, 2021年11月20日 5:20更新
政府が19日に決めた経済対策は財政支出が55.7兆円と過去最大に膨らんだ。世界的にも遜色ない規模とするが、成長を意識した戦略は全体の2割程度にとどまる。新型コロナウイルス禍が収束した後の競争をにらみ、米欧では再生可能エネルギーのインフラ整備など複数年の投資計画が走り出す。日本も無駄を削減しつつ、環境・デジタルなど成長分野に集中するメリハリが求められる。
日本54%、ドイツ40%、英国33%、米国29%――。政府が経済対策を練る過程で比べたコロナ発生後の各国の経済対策の事業規模の国内総生産(GDP)に占める比率だ。日本は今回の対策も加わり、全体の規模は他国にひけを取らない。
55兆円超もの巨額資金を投じるにもかかわらず、持続的な成長につながるような明確な戦略は乏しい。成長戦略と位置づける科学技術関連や地方のデジタル化、経済安全保障に関する施策は財政支出の2割程度だ。
大規模なのは5.5兆円を追加する大学基金で、数百億円規模の海底ケーブル整備、継続的に取り組む農業輸出や地域観光支援など各省の要求を寄せ集めた総花的な色合いだ。
米欧は成長の道筋を描くために、集中的に資金を投じる。象徴が環境対策だ。
米国のバイデン大統領は15日、総額1兆ドル(約110兆円)のインフラ投資法案に署名した。再生エネルギー拡充に欠かせない次世代の送電網を整備するために約7.4兆円を投じる。電気自動車(EV)の普及へ、8600億円をかけて充電設備を全国に50万基つくる。
債務問題に苦しんできたイタリアもドラギ首相が環境対策について「国の運命を左右する」と発言する。欧州連合(EU)の復興基金を活用し、水素ステーションの整備や水素を燃料にした鉄道開発などに3兆円、次世代送電網の投資に2兆円を投じる。
格付け会社S&Pグローバルは10月、成長を押し上げ、財政健全化が期待できるとして同国の格付け見通しを引き上げた。
対照的に日本はメリハリを欠く。
脱炭素へ再生エネの普及加速が欠かせない。電力広域的運営推進機関(広域機関)は総発電量に占める再生可能エネルギーの割合を5~6割に高める場合、北海道から東京、九州から本州など地域をまたぐ連系線などの増強に必要な投資額は2兆~2.6兆円になると試算する。
経済対策では「送電網整備の促進」と明記したものの、実際の支出は補正予算案に当面の増強の目玉となる北海道から本州への海底送電線のルートを決めるための調査費用を盛り込むぐらいだ。
日本は送配電会社が電気料金を通じて送電網の整備費用を回収する仕組みのため、米国と単純比較はできないが、それでも経済対策からは再生エネへこれまで以上のスピードで転換するという戦略は見えない。EVや充電インフラの導入に関する予算額も400億円程度にとどまる。
産業構造の変化を見越した働き手のリスキリング(学び直し)政策も後れを取る。
バイデン政権は「米雇用計画」で先端製造業など成長産業の労働力開発へ11兆円を投じる方針を表明した。スウェーデンは環境対応で、森林保全の専門職やEV技術者などの人材育成を始めた。
経済協力開発機構(OECD)によると日本は職業訓練にかける公的支出の割合が先進国で最下位。岸田文雄首相は3年間で4千億円の人材投資を表明したものの、具体的な中身がカギを握る。
コロナ対策には予備費を含めて全体の6割弱の31.3兆円をつぎ込んだ。それでも実効性ある「第6波」対策を実現できるかはこれからの課題だ。感染力が夏の2倍になっても堪えられる医療体制の確保へ夏より3割多い3.7万人が入院可能な病床を整備する。病床確保のための都道府県への交付金を積み増した。
交付金を使った病床確保は夏の「第5波」では確保病床に患者が入院できない「幽霊病床」の問題を起こした。
政府はコロナ病床の利用状況の「見える化」で再発を防ぐが、改善できなければ、数字上の病床数が積み上がり、無駄な支出の増加に終わる恐れがある。
各国はコロナ禍の危機モードから、中期的な環境・デジタルの成長戦略を財源も併せて議論し、実行していく局面に移行し始めている。日本は取り残されかねない。
(税財政エディター 小滝麻理子)