Nikkei Online, 2025年12月17日 11:30
17日に閉会する臨時国会では台湾有事を巡る高市早苗首相の答弁が物議を醸した。事務方がつくった事前の資料にはない説明をし、結果的に中国との対立に発展した。自らの言葉で語ろうとする首相の政治姿勢を評価する声は多い。半面、目まぐるしく動く国際関係の変化をとらえきれず、事前の調整不足を露呈した。

首相の答弁は11月7日の衆院予算委員会で飛び出した。立憲民主党の辻元清美参院議員が内閣官房から提供を受け12月12日に公開した内閣官房作成の予算委の答弁資料によると、首相の発言は応答要領の範囲を超えていた。事務方が用意した答弁は歴代首相が国会で説明してきた文言をなぞる内容だった。
11月7日の衆院予算委で質問に立った立民の岡田克也元外相はどういう状況が集団的自衛権の行使の前提となる存立危機事態になり得るかを事前に質問通告した。答弁資料には「個別具体的な状況に即して、政府がすべての情報を総合して判断する」など、曖昧な回答しか準備されていなかった。
首相は予算委で実際には台湾有事を念頭にこう語った。「海上封鎖を解くために米軍が来援し、それを防ぐためにほかの武力行使が行われる事態も想定される」「どう考えても存立危機事態になり得る」。答弁資料の範囲を超えた。
中国が台湾を武力侵攻した際、海峡封鎖を解くため米軍が来援し、自衛隊が米国を支援する――。安全保障の専門家の間では首相が予算委で答弁したような台湾有事を巡るシミュレーションについて議論が進んでいる。
明らかになった資料からは、首相が練った議論のうえで答弁をしたのか、その形跡がうかがえない。資料は従来の政府見解しか書いておらず、存立危機事態の具体的な事例について政府として従来の見解を超える答弁を準備したわけではなかった。
政治家と官僚による十分な熟議を経た発言ではなく、首相がかねて持っていた考えを説明する答弁だった。結果、歴代政権があえて曖昧にしてきた部分に踏み込んだ。
首相答弁には2つの問題点がみえてくる。
まず答弁の内容だ。首相は岡田氏とのやりとりで、台湾有事下で米軍が来援するという想定に触れた。中国の民間船が台湾周辺に並んだだけでは存立危機事態にあたらないが「戦争という状況のなか」では「別の見方ができる」と答えた。

岡田氏が重ねて趣旨を問う質問をすると、首相はさらに明確に答えた。「戦艦を使い武力行使も伴えばどう考えても存立危機事態になり得る」と述べた。その際、改めて「米軍の来援」に触れることはなかった。
事務方が用意する応答要領は通常、一つの答弁のなかに必要な説明をすべて盛り込む。一回の答弁で完結するようにつくる。答弁はそのまま将来の政府方針として繰り返し引用されるため、文言の過不足がないか政府内で慎重に検討される。
中国側は「存立危機事態になり得る」という後段のみを指摘し、日本に台湾問題への武力介入の意図があるとあおった。首相は中国に利用されないよう、あくまで米軍への限定的な集団的自衛権の行使を想定していると明示する必要があった。
もう一つの問題点は答弁のタイミングだ。11月上旬は中国と台湾、米国と中国の関係がともに動きを見せていた時期だった。
中国は10月24日、1945年に日本が台湾統治を終えた日である翌25日を「台湾光復(日本の植民地統治からの解放)記念日」と決めた。この日に台湾が「中国の主権管轄下に戻った」と主張した。台湾は「中華人民共和国や中国共産党と台湾光復の日は何の関係もない」と反発した。
一方、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は10月30日にトランプ米大統領と韓国で会談した。貿易摩擦の緩和を掲げ、レアアース(希土類)の輸出規制を延期するなど歩み寄りをみせた。
首相の台湾有事を巡る答弁は、中国が台湾問題で特に敏感な時期に重なった。さらに米中の対立が緩和される局面で、日中が対立すれば米国は日本を積極的に支持しにくい可能性があった。日米を分断する材料として中国が使うリスクがあり、踏み込んだ答弁をする時期として適切だったかは議論がある。
自民党の閣僚経験者は今回の答弁が綿密に練られたものとは思えないとの認識を示す。「日中関係はこれまで気を使って積み上げてきただけに、もったいなかった」と振り返った。