Nikkei Online, 2023年3月17日 6:13更新
儀仗隊の栄誉礼を受ける韓国の尹錫悦大統領㊧。右は岸田首相(16日、首相官邸)
岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が会談し、日韓外交は関係修復の局面に転換した。4月には尹氏がバイデン米大統領から国賓招待を受ける。日韓の和解の背景には、軍事と経済の両面で同盟国との絆を強めたい米国の安全保障戦略が働いている。
尹氏は共同記者会見で日本を「安全保障で協力すべきパートナー」と位置づけた。
首脳会談では対北朝鮮で連携を深める方針を確認。
外務・防衛当局は実務者による「日韓安全保障対話」を5年ぶりに開催し、防衛協力の立て直しを図る。
外交では自由貿易や法の支配で連帯する「自由で開かれたインド太平洋」をともに推進する。
尹氏は、北朝鮮が発射するミサイルなどの情報を共有・保護するための日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を正常化する方針も示した。
文在寅(ムン・ジェイン)前政権は日本が韓国向けの輸出管理を厳しくしたことへの反発から、2019年にGSOMIAの破棄を通告した。韓国国防部はこの通告を撤回すると日本側に通知する。
バイデン政権は日韓の関係修復を歓迎する。米国務省のプライス報道官は日韓首脳会談に先立つ14日の記者会見で「米国の強固な同盟国である日韓が2国間関係を進展させる努力を具体的に示すものだ」と評価した。
ロシアによるウクライナ侵攻は長期化が避けられない様相だ。サウジアラビアとイランの間では中国が仲介外交を展開するなど、米中は世界で覇権争いを繰り広げる。東アジアでは中国が台湾侵攻の準備を27年までに整えるとの見方がある。
欧州は集団防衛を担う北大西洋条約機構(NATO)があるが、東アジアは日米韓3カ国の枠組みを基盤とするしかない。バイデン大統領は「日米韓が団結すれば強くなり、世界はより安全で豊かになる」と語る。
日米韓の安保協力は北朝鮮への対応に重きを置くが、台湾有事が迫った場合は2万8千人余りに及ぶ在韓米軍の動向が情勢に影響する。ラカメラ在韓米軍司令官は22年に「非常時の計画を準備している」と述べた。
韓国の文政権が中国への配慮から台湾海峡に関心の目を向けなかったのとは異なり、尹政権は台湾問題を我が事のように捉え始めている。尹氏は「中国が台湾を攻撃した場合、北朝鮮も挑発をする可能性が非常に高い」と語ったことがある。
「中朝ロ」の複合事態に自衛隊と韓国軍が協力の幅を広げる意味は小さくない。ただ、18年に起きた韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射問題で、自衛隊と韓国軍の交流は滞っている。2国間の防衛相会談は今も開かれていない。
韓国の国防費は約6兆円と、約7兆円の日本と肩を並べる。文政権は仮想敵をあいまいにしたが、尹政権は北朝鮮を再び「敵」と表現するなど、安保でも修復を探る環境が整う。
(恩地洋介、ワシントン=坂口幸裕)
半導体供給網、確立へ道 関係修復で対中包囲網
日韓両政府の歩み寄りは経済安全保障上、半導体の重要性が高まっていることも背景にある。韓国には半導体の売上高で世界首位のサムスン電子と同4位のSKハイニックスがあり、日本には素材や装置に強みのある企業が多い。半導体産業が米中対立の焦点となる中、相互補完関係にある日韓の協業が供給網(サプライチェーン)の再構築のカギを握っている。
サムスンは15日、今後20年間で総額300兆ウォン(約31兆円)を投じ、ソウル市近郊に半導体の新拠点を設けると表明した。同社幹部は「(日本は)半導体製造の技術革新に不可欠なパートナー」と話す。日系も含めたサプライヤー企業の集積を促し、先端半導体の研究開発から量産までを担う一大拠点の整備を急ぐ。
日本政府は2019年7月に半導体生産に不可欠な「フッ化水素」や「高性能レジスト(感光剤)」などの韓国向けの輸出の審査を厳しくした。韓国半導体メーカーは低純度のフッ化水素など韓国製素材を一部で代替導入したが「先端素材では日本製が不可欠なのは変わらない」(韓国半導体産業協会)状況だ。
貿易統計をみると、幅広い素材・装置の輸出金額はこの間も大きく落ち込まなかった。
東京応化工業やレゾナック・ホールディングス、
ダイキン工業などは韓国で先端素材を増産し、サムスンなどとの取引関係を深めている。
日韓の協業は米国の思惑にも合致する。米中対立が激しくなる中、米国は半導体の生産や調達を友好国などに移す「フレンドショアリング」を進めようとしている。経済産業省内には「輸出管理の問題があるうちは韓国との連携は打ち出しにくい」との声が根強かった。
経産省は16日、フッ化水素など3品目の厳格な審査を緩和すると発表した。一部の措置は残るが、今回の見直しが契機になり得る。日韓は半導体などの供給網の強化に向け、経済安全保障の対話の枠組みも創設する。
水面下では日本と米国、韓国、台湾の4つの国・地域の半導体分野の強みを生かして協力を進める「CHIP(チップ)4」と呼ぶ構想がある。対中国の半導体包囲網の構築に弾みがつく。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権も前政権時代の素材・装置分野での国産化政策を継承している。外交面での日韓関係の雪解けが産業界に好影響を及ぼすには時間がかかるとの見方もある。
(ソウル=細川幸太郎、加藤晶也)