Source: Nikkei Online, 2021年10月11日 20:19更新
スウェーデン王立科学アカデミーは11日、2021年のノーベル経済学賞を米カリフォルニア大バークレー校のデービッド・カード氏、米マサチューセッツ工科大(MIT)のヨシュア・アングリスト氏、米スタンフォード大のグイド・インベンス氏に授与すると発表した。授賞理由はデータ分析の手法を洗練させ、最低賃金引き上げなどの影響を確かめたことだ。
経済学は生身の社会問題を扱うため、自然科学のように繰り返しの実験ができない。このためカード氏らは似たような社会集団の動向を比較する手法を用いた。
代表的な分野が労働経済学で、カード氏は最低賃金の研究で知られる。1990年代の論文では同じ時期に最低賃金を引き上げた州と据え置いた州で、ファストフード店の雇用の変化に関するデータを集めた。
当時の経済学では、最低賃金を上げると経営者がコスト増を嫌って雇用を減らすとされていた。 しかしカード氏らが2つの州の同じ業態の店のデータを比べると、雇用は減っていなかった。 安部由起子・北海道大教授は「移民流入が低賃金労働者に悪影響を与えないことを確かめた研究でも知られ、幅広い分野で労働経済学の実証研究を発展させた」と指摘する。
理論の通説をデータの力で覆す研究はその後の経済学に大きな変化を与える。 教育の効果分析もその一つだ。
アングリスト氏は、教育期間が長ければ人々の生涯所得が増えるかを確かめようとした。 目を付けたのは「学齢」。 日本でいうと小学校入学時点で4月生まれの子どもと3月生まれの子どもとでは、卒業までの教育期間が約1年異なる。 アングリスト氏はこの差を利用して子どものデータを集め、教育期間が長ければ卒業後の収入が増えることを確かめた。インベンス氏はこうした「自然実験」と呼ばれる統計的な手法を開発した。
自然実験は経済現象の原因と結果を分析する手法として発展し、エビデンス(証拠)に基づく政策立案(EBPM)に応用されている。 中室牧子・慶大教授は「自然実験の研究の蓄積は、米オバマ政権でEBPMが推進される原動力になった」と学問の進展が政策に与えた影響を指摘する。